【ブックレビュー】その子はたち/仙田学
【ブックレビュー】
その子はたち/仙田学
※この作品は2023年8月の段階では文學界2023年9月号のみに掲載されている作品です。
【キャッチコピー】
『からまって、ほどけて、これから結びなおしてく』
【あらすじ】
【感想】
とても面白かった。引き込まれた。
男性女性と作家を性別で分けたくはないけれど、漂う雰囲気が、個人的に好きで読んでいる女性作家の作品と似ていて読み進めやすかったのが一つの理由だと思う。
けれど、ただ女性的かと言われると少し違う。今作は、個人的に最近の流行りのように思っている、「男性の無自覚さ」や「加害性」といったものがあまり強調されていないのが特徴的で、グッと来るポイントだった。
そういった作品を好んで読んではいるけれど、読むと申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまって物語というよりは自分と向き合う時間になってしまうところがある。そういうのが好きなのだけど。今まではどうしても作者の描いた物語を十分に楽しめてない印象があった。
今作で物語にのめり込むことができたのは、描いてはいるけど強調しないでいてくれたからだと僕は思う。
もう一つ面白いポイントは複雑な設定なのに、分かりやすいことだ。
主人公の多恵は過去に元夫に理不尽に娘を取り上げられ、そのことを後悔している。
再婚し、新しい家族を作ってから、当時のようにならないよう娘を丁寧に育ててきた。
ある日、娘の友達の家に泊まるようになってから、生活がゆるやかに変わっていく。
離婚した同士で週に一回会うだけの関係の、彼彼女らとその子供たちなどなど。
主人公の抱えている後悔や夫、現在の娘、娘の友達の家庭事情。ここに書ききれないほど複雑なそれらが説明くさくなく、ちゃんと描写として自然に配置されるおかげでスッと入ってきた。
キャラクターが役割を持って動いているときと自由になるときが心地よく変化してくれるおかげもあり、状況の理解と進展がわかりやすくなっただけでなく、キャラクターそれぞれに愛情を持てたのも引き込まれた理由として大きいだろう。
そんな素晴らしい構成力や工夫によって物語が強固なものになったところを、後半に過去に取り上げられた娘が現れて踏み荒らしていくような演出には胸がドクンと高なった。
彼女は急に現れたかと思えば、自分を捨てたことを恨んでいて、自分がされたように多恵から娘を取り上げようとしたり、本屋で万引きをしたりと、どこか愛着障がいを彷彿とさせるキャラクターとして平穏を掻き乱す。
家族としての形は複雑でも、努力と協力によってどうにか素直な子に育っている主人公や主人公の娘の友達の家族。一人ぼっちでどこか捻くれてしまったまま大人になってしまった娘、と対照的に描かれているのがグッときた。
20歳になった彼女は結婚をするからその前に顔を見に来たという。しかし大人とは思えないほど、恨みつらみをぶつけたり万引きをしたりする。それがどこか母親に自分をわかって欲しいといっている幼子のようで、読んでいて胸がキュッとなった。キャラクターを憎めず、それどころか、娘の気持ちもわかってしまうから、読みながらみんな幸せになってくれ! と何度も思った。
母親と捨てられた(と思っている)娘がどう共存していくのか、本作の物語は今後の可能性を残して終わる。
読後にはこの後どうなるのだろう。娘が一瞬逃げ出してしまった理由、昔取り上げられてしまった娘の心境など、たくさんの考えることがいっぱいあって、自分自身と重ねる余裕などなかった。それほどにこの物語に、キャラクターに引き込まれていたのだと気づいた。
からまっていた糸が解けて、新しい糸を足してまた紡いでいく。今作に度々登場する刺繍のシーンはそんなメッセージを残してくれた。はじめはうまくいかなかった刺繍が、失敗や傷つくことを経て物語の最後には少しうまくなっているように、今作のキャラクターの関係がうまくいくといいなと、フィクションなのにも関わらず、真剣に考えてしまった。
僕の稚拙な考えが入る隙間がないくらい、今作は完璧だった......。
【作品ページ】
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