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青山真治「サッド・ヴァケイション」

テアトル新宿で、青山真治「サッド・ヴァケイション」

若戸大橋の袂に居を構える間宮運送で母親(石田えり)に捨てられた青年(浅野忠信)が偶然にも母親と再会し試みる復讐計画。EUREKAの少女(宮崎あおい)や、ヤクザに追われる借金男(オダギリジョー)など、この世に偶然なんて無い、出逢うべくして出逢うのだ!北九州サーガ3部作ここに完結、大河ドラマ的な怒涛の力作。

まずとにかく、出演者が豪華。浅野忠信、石田えり、板谷由夏、オダギリジョー、宮崎あおい。北九州サーガ三部作の最終章はエンタメとしては前2作より圧倒的に上なのに、なんだかポッカリと心の中に穴が空いたような寂しさを感じる。シネコンで上映しても全然違和感が無いよなあw

「Helpless」は明らかに途中で結末投げ出した感があったし、「EUREKA」も話として終わったかと言えば終わってない。救いようのないほどの話ではないが、魂は救済されていなかった。全てが上手くはいかないけどできる限りの魂が救済されたか?既に時は過ぎていたか?

本作は2007年公開だけど、原作&着想は90年代のものと想定する。実際に撮影できて完成した時点で2007年。その頃には人々の関心は魂の救済などから次のステップに移ってしまった。オウム真理教事件や自殺サークルが社会問題だった時代を乗り越え経済は持ち直し人は前に向かって歩みを進め始めた。

90年代の映画、小説など多くの芸術分野で「魂の救済」が議論されたと思う。価値観が無く、あるいは安定せず、フラフラと彷徨い浮遊する人間の救いようのない魂をどうやって救済するのか?瀬々作品にも多く見られた、その時代の問題でありコンセプトだったと思う。

自分が今この場所にいてこんな苦しみに喘いでいる、ということは変わりないのだけど、いまおかしんじや城定秀夫のようなピンク四天王とは全然違う個性の、ホワーンとして温かみを持つような映画の時代が来たのだ。この作品もそれを志向してもいるが折衷なのだ。

ほぼ全編、北九州ロケしており、現地の空気感が充満。背景に何度も登場する若戸大橋は大阪で言う所の通天閣みたいな存在か(笑)平尾台の壮大なカルスト大地は一口に北九州と言っても小倉の繁華街とか八幡の製鉄所だけじゃない。元々が別の都市がくっついた寄り合い。

でもやっぱりねえ、「Helpless」と「EUREKA」を事前に観てないと何が何だか分からないよ、これ(笑)少なくとも「EUREKA」は観てなくても大丈夫そうだけど「Helpless」の方は観てないと致命的だろ(笑)逆に言えばこれまでの2作に出て来た登場人物の総集編としてエンタメとして楽しめます!

「Helpless」が前半で本作が後半で2部作だと思うのは、「EUREKA」が同じ福岡県でも甘木とか更に熊本の阿蘇山まで入り込んだだけじゃなくて、出番こそ短いものの、主人公の浅野忠信の行動に因果律を与える隻腕ヤクザの光石研、彼の存在こそが物語のカギなのだ!

「EUREKA」の続編とはとても思えない、間宮運送を経営する間宮家の家族たち、間宮運送で働いている従業員を中心としたグランドホテルものっぽい演出が続き、正直びっくりするのだが(笑)間宮家という一つの家族における「血縁」に纏わる話だと私は理解しました。

博多の男は気性が荒いという。博多の女は情が深いという。大阪に住んでた学生時代、福岡出身の友人が何人かいたけど、博多弁で喋ってる時の「なんか外国の人みたいなんですけど」感が半端なかった。関西弁で十分に強烈だか、広島、博多、西に行くほど凄くなるw

浅野は荒っぽい気性の♬博多の男なら~気合を見せろ~恐れることはない~さあいこうぜ~♬なまんまで(笑)フラフラと浮遊しつつ無鉄砲な行動に出る。一方で浅野を一度は捨てたえりは再婚してどっしりと間宮運送に構え、強きは女性、日本は女系家族です!を打ち出す。

北九州愛に溢れており、この映画を観て恐らく十分に楽しめるであろう北九州市出身の人たちが羨ましくて仕方がないw川崎市と雰囲気が激似なんだけどやはり北九州は地方都市。バラせば小倉、若松、戸畑、門司、八幡の5都市でいずれも20~30万人位の人口であろう。

宮崎あおいと斎藤陽一郎が要所で登場するんだけど、どうしても「EUREKA」に無理やりこじつけた感が拭えずw世界的に有名になった「EUREKA」を宣伝媒体に北九州三部作として打ち出す方がコマーシャル効果はあったのだろうけど、私は「Helpless」の後編として欲しかった。

映画本編観る前にパンフで間宮家の家族や従業員の人間関係相関図をよく読んでおいて良かったw「Helpless」「EUREKA」観ていても、人間関係が頭に入って無いと置いてけぼり喰らわすぞ、きさん!せからしか~北九州弁難しい。光石研何言ってんのか分かんねえ(笑)

青山監督には中上健次の日本の地方都市に息づく神話のようなものが感じられて、「EUREKA」はそれが評価されて世界的な名作レベルになったんだろうけど、2000年に「EUREKA」撮ってから既に7年も経過してる。90年代は日本に神話があった最後の時代で、21世紀には死滅した。

青山監督が本作を構想してから実現するまでのタイムラグは少なからず作品の出来に影響を与えていて、石田えり演じる母親が身勝手なようでいてちゃんと「間宮家」という器に大事な人を血縁で収めこもうという魂胆はよく分かるんだけど、時代の流れが速すぎる。

中上健次の神話世界は紀ノ国、熊野や新宮といった三重と和歌山に跨るホントに奥深い陸の孤島のような大自然豊かな場面での話で、それを工業都市であちこちから人が集まって来る北九州に置き換えるチャレンジは凄いと思うけど、どうしても神話な感じが出て来ない。

私の出身地である浜松や、一時期住んでた福山は北九州を大きく超えるバリバリの工業都市で、小倉みたいな商業集積地が薄い分、労働者はブラジルから来てたりとか、もっと神話性が高いと思うんですよね。日本全国どこにも神話、だと神話の意味が希薄になってしまう。

結果的に中上健次の世界で前面に押し出された「地縁」は北九州においてはむしろ全国平均より希薄であり、「血縁」に頼るしかない。その血縁すら地縁が全く無い人を引き入れなければ維持されない。という意味においては血縁だけがあり地縁の無い神話なのだと思う。

北九州弁の持つ、いつもなんだかハイな感情で怒ってるようなおどけているような、独特のイントネーションが好きだ。東京の片隅で光石研が斎藤陽一郎に「きさん、喰らわすぞ!」言いながら無理難題を吹っ掛ける感じ、これ私には北九州よりむしろ久留米なんですけどw

大河ドラマ的な感情の波が押し寄せてくる破壊的に素晴らしい場面は確かにある。ネタバレだからあまり書けないけどw石田えりが演じる身勝手な母親がブレることなく身勝手を貫き通し、そこに身勝手ジュニアのように浅野忠信の婚約者板谷由夏が現れる場面である!

びっくりしたのは高良健吾が主役クラスの扱いで、浅野忠信と徹底的に対峙してイイ演技を見せてること。殺風景な埠頭のセメント用地で浅野と高良が鉄パイプ持って殴り合いする無法地帯感はやっぱり玄界灘が見える洞海湾で撮らなければ雰囲気出ないよな、と思ったw

登場人物がみんなエゴ剥き出しな所がピンク四天王の作品を想起させつつ、尺が2時間以上もあるので「そろそろいい加減に・・・」と思った頃に、石田えりがなんのために浅野を厚遇するのか?浅野は何のために間宮運送に来たのか、明らかになって行くサスペンス。

浅野は高良にバイクの鍵を投げつけ「お前はこの家を出ろ」とせかす。高良は恨み骨髄のこの家で最後の心残りだった宮崎あおいをレイプ(←このレイプシーンは当然、ないw)浅野はあおいを見舞いに行くがえりにけんもほろろに追い返され、自分の復讐が大きなコップの中でただグルグル回っていただけと知った。

高良は浅野をバイクでグングン引っ張った挙句、逆に浅野に殴り殺され(←「Helpless」のドライブイン以来、やっちまったよw)浅野はタイーホ、お葬式で喪服で婚約者の由夏がやって来て「間宮運送の二代目にはふさわしい奥さんを」と言ってたえりがあっさり気に入る予定調和的な展開に最初は違和感持つのよね。

高良が浅野に殴り殺され(←「Helpless」のドライブイン以来、やっちまったよw)浅野はタイーホ、お葬式で喪服で婚約者の由夏がやって来て「間宮運送の二代目にはふさわしい奥さんを」と言ってたえりがあっさり気に入る予定調和的な展開に最初は違和感持つのよね。

浅野は元々、自分を捨てた母親のえりに復讐したくて間宮運送に就職して、そこで働く宮崎あおいと密航した中国人の男の子と三人一緒に、婚約者の由夏と住もうと思ってた。浅野と由夏は夫婦になったとしても、二人の子供とは血縁がない。そんな家族を構想しつつの復讐だった。

でも、えりの方が一枚上手で、高良はグレた挙句に家出して、それを画策して間宮運送の二代目に収まった途端にバックレようとした浅野、高良に襲われて逆に殴り殺しちゃった。で、高良のお葬式の時、浅野は牢屋の中で、由夏が浅野の子供を妊娠して葬儀にやって来た。

えりは由夏に、浅野が出所するまでお腹の中の子供と一緒に待とうという。あおいは養女にするという。えりは自分が構想していた家族と少し変わっちゃったけど、最初から自分の息子じゃない旦那の連れ子の高良なんて邪魔だったかも知れない、そんな会心の笑顔。

えりが由夏に「女同士、一緒に頑張りましょ!」お葬式に集う男たちが窓からじっと二人を見つめてる場面に、なぜか私は感極まって泣いてしまった。えりは身勝手で、由夏もやがて身勝手になるかもしれなくて、男たちは振り回されるばかりなのに、どうして動くのだ?私の感情!

えりは浅野を刑務所に見舞い、そこで二つの重大な事実をカミングアウト。浅野は俯いて頭を抱えてしまう。一つはあおいの出自のこと。彼女はえりの夫、即ち浅野の父親が不貞を犯して生んだ子供であった。もう一つは、なぜえりが家を捨てて出て行ったのかということ。それは夫が浮気したからであった。そんな、いつどこでも起こりうる家庭崩壊の神話。

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