【住劫楽土】の物語を書き始め、【鬼凪座暗躍記】の二作目が終わりました。 読んでくださった方々に、まずは心より感謝申し上げます。 ただ、【住劫楽土】シリーズは漢字…
――あれは五年前の冬。厳しい寒風の中、二人で駆け落ちした最初の晩だった。南方燦皓『星郡』の辺境にある白風靡集落【御手座】を、命懸けで脱走した僕と琉衣は、ひとまず…
「弧堵璽さんも……その男の素顔を、見たのですね? 一体、どんな風貌でしたか?」 弧堵璽は怨嗟で真っ赤に充血した目を、茅刈の白面へとすえた。 ゾッと寒気を覚え…
さて、二刻以上は歩いただろうか。 往けども往けども鬱蒼と、閉塞的な山陰は、茅刈の体力を殺ぎ、気持ちをなえさせる。 「この分じゃあ、今宵は野宿になりそうだな……
戊辰暦十四年。首都・天凱府、東方持国区・如意輪門町界隈は、春満開の桜日和である。 四方州・南方燦皓と境界を接する御府内外れの『笆宿』は、桜の名所として名高い…
大河内冬馬は額に大きな傷を持ち、そのことをコンプレックスにして生きている。 彼の顔の傷は、中学一年の春、初恋の相手で三つ年下の幼馴染み・三和世津子を、暴漢か…
その、勢至門仲人長屋では、凶賽と子分たちが、門司の庚仙和尚も交え、酒盛りに興じていた。過ぎ往く年の祓い酒、迎える年の清め酒だ。 「まったく、非道すぎるじゃあり…
師走の大晦日。地蔵門町『八生宿』にある、小さな蕎麦屋【玉輪屋】は、年越し蕎麦を食べに来る客で、この夜も繁盛していた。 「いらっしゃい、今宵は冷えますねぇ」 「…
「そんなに七生のところへ往きたいのか、如風! お前のせいで長年自由を束縛され、父親まで喪った彼女が、お前を喜んで歓待するとでも思ってんのかよ! 大莫迦野郎がぁ!…
《……黄泉月浮かぶ勢至門、 十二夜の夢は不如帰……》 「お前、何者だ!? どうやってここに!?」 例の数え唄を唄いながら、出現した見知らぬ白痴女の姿に、如風…
三十日の晨明、一晩中降り続いた雪も小康状態で、冷たい風もやんだ。 しかし、勢至門の御会堂は、陰鬱な空気につつまれていた。 「隊員総出で、探しているのだがね……
深々と降り積もった雪。 吹き荒ぶ寒風に舞い散る六花。 師走の夜天に浮かぶのは、赤々と満ちた凶兆の忌月、別名『鬼灯夜』である。 戊辰暦十三年も、残り二日と…
やがて、宿場外れの小高い岩山までやって来た琉蹟と瑞茅。 馬首を廻らし、闇深い周囲の風景を見渡す。驚くべき脚力で、巨岩だらけの峻険な山肌を、一心不乱に遁走した…
戊辰暦十三年、いよいよ暮れも迫った師走の二十八日。 雪空に光が差し、昼下がりの勢至門町【施無尽物社】は、しばしの安息を取り戻していた。 雪を除けた斎庭の一…
翌晩の多聞区は、底冷えのする雪空だった。鬼灯は朧な雲居に隠れ、自戒して身を慎む六斎日ゆえに、往来も路地も、人通りが少なかった。 そんな時である。 「久しぶり…
翌二十三日、初更夜半。弥勒門町から北方玖乃へ向かう、天凱府外れの船着場。 そこへ、そそくさと進む怪しい黒尽くめの人物がいた。 【緇蓮族(常に緇衣で隠した素顔…
緑青あい
2024年5月11日 18:24
【住劫楽土】の物語を書き始め、【鬼凪座暗躍記】の二作目が終わりました。読んでくださった方々に、まずは心より感謝申し上げます。ただ、【住劫楽土】シリーズは漢字量が多く、文章が堅く、内容が重いため、読者の皆さまの中には、とっつきにくい印象を持たれる方も、多くいらっしゃると思います。そこで、箸休め的に、新たな取り組みをすることに決めました。以前から温めていて、まだ文章化していない作品の『
2024年6月14日 17:18
――あれは五年前の冬。厳しい寒風の中、二人で駆け落ちした最初の晩だった。南方燦皓『星郡』の辺境にある白風靡集落【御手座】を、命懸けで脱走した僕と琉衣は、ひとまず近在の廃村へ身を隠した。だいぶ離れてはいるが、地形も区画も、こことよく似たところだったな……なにせ、白風靡族の掟は男性優位だ。見つかれば、僕はともかく……琉衣は苛烈な制裁を加えられた挙句、死罪と決まってる。きっと、僕より琉衣の方が、決意も覚
2024年6月12日 08:53
「弧堵璽さんも……その男の素顔を、見たのですね? 一体、どんな風貌でしたか?」 弧堵璽は怨嗟で真っ赤に充血した目を、茅刈の白面へとすえた。 ゾッと寒気を覚えるほど、弧堵璽の赤目は邪悪な殺意によどんでいた。「見たぞ……確かにな。奴は、黄金に輝く髪と、珍しい七宝眼の持ち主で、長身……お前さんに、どことなく似通った白面じゃったのう」 茅刈は顔を引きつらせた。そんな悪逆非道な殺人鬼に、似て
2024年6月11日 19:21
さて、二刻以上は歩いただろうか。 往けども往けども鬱蒼と、閉塞的な山陰は、茅刈の体力を殺ぎ、気持ちをなえさせる。「この分じゃあ、今宵は野宿になりそうだな……あの男が、追って来る気配もないし……中春だから、夜風も温かい。あと、問題なのは……獣の害だ」 茅刈は一人つぶやいた。独語は、彼の癖である。 いつだったか真魚が、こう云った。『あなたはきっと……孤独な人だったんだわ。独り言が
2024年6月10日 09:32
戊辰暦十四年。首都・天凱府、東方持国区・如意輪門町界隈は、春満開の桜日和である。 四方州・南方燦皓と境界を接する御府内外れの『笆宿』は、桜の名所として名高い。 大河の堤は花見客でにぎわい、露店もそこかしこに並んでいる。喨々たる舞楽に合わせ、芸妓の戯唄や、酔漢の莫迦踊り、陽気なチャンチキ手拍子が、弥生の空を明るく晴らす。 親子連れや老夫婦、恋仲の男女など、さまざまな人が往きかう桜並木の
2024年6月4日 18:06
大河内冬馬は額に大きな傷を持ち、そのことをコンプレックスにして生きている。 彼の顔の傷は、中学一年の春、初恋の相手で三つ年下の幼馴染み・三和世津子を、暴漢から守ったことでできた刃物傷だ。当初は泣いて謝る世津子に、英雄意識で優しく接していた冬馬。だが、傷は体質のせいか、綺麗に治らず……父の仕事の都合で引っ越し後、何も知らない周囲からは傷のことで散々からかわれ……嫌な思いを続ける内、高校へ進学する
2024年6月2日 14:05
その、勢至門仲人長屋では、凶賽と子分たちが、門司の庚仙和尚も交え、酒盛りに興じていた。過ぎ往く年の祓い酒、迎える年の清め酒だ。「まったく、非道すぎるじゃありませんか、凶賽親分! そりゃあ、騙された俺の方にも落ち度があったこたぁ、認めますがねぇ! いくら伝文を送っても、なしのつぶて! 最初の内は、天女だった遊女連中も、居残りが長引くにつれ、終いにゃ恐ろしい鬼女になっちまってさぁ! 屈強な若衆は
2024年6月1日 14:54
師走の大晦日。地蔵門町『八生宿』にある、小さな蕎麦屋【玉輪屋】は、年越し蕎麦を食べに来る客で、この夜も繁盛していた。「いらっしゃい、今宵は冷えますねぇ」「ああ、まったくだぜ。でも、雪はやんだようだ」 新年を迎えるまで、残り二刻足らず。手打ち蕎麦で人気の、【玉輪屋】を切り盛りする若夫婦にとっては、最も忙しい時期である。「そういえば今朝方、近くの裏路地で往き倒れが見つかったらしいよ。
2024年5月31日 10:48
「そんなに七生のところへ往きたいのか、如風! お前のせいで長年自由を束縛され、父親まで喪った彼女が、お前を喜んで歓待するとでも思ってんのかよ! 大莫迦野郎がぁ!」 朴澣の伸ばした【手根刀】が、鋭利な針先と化して、如風の胸を刺しつらぬいていた。 瑞茅に覆いかぶさった凶賽は、足元で交差する二本の屍毒針を見つけ、愕然となった。 誰かが、もう一本の五寸針を投げ、殺人鬼の狂針を上手く打ち落として
2024年5月30日 14:16
《……黄泉月浮かぶ勢至門、 十二夜の夢は不如帰……》「お前、何者だ!? どうやってここに!?」 例の数え唄を唄いながら、出現した見知らぬ白痴女の姿に、如風はたじろいだ。 七生に面差しが似てはいるが、別人である。 事態が急展開を見せたのは、まさにその瞬間だった。 狂言回しが、ついに正体を現したのだ。「つまりここは、俺たちが用意した、あんたのための死舞台さ。もう終幕だぜ
2024年5月29日 16:53
三十日の晨明、一晩中降り続いた雪も小康状態で、冷たい風もやんだ。 しかし、勢至門の御会堂は、陰鬱な空気につつまれていた。「隊員総出で、探しているのだがね……痴八殿の遺骸は、まだ、見つからぬそうだよ」 外から戻った琉蹟の報告に、兄弟分の敦莫はわなないた。 捜索に加わった侠客一家の仲間たちも、疲弊しきった表情でうなだれる。 瑞茅は、先刻からふさぎこみ、一言も口を利いていない。
2024年5月28日 13:49
深々と降り積もった雪。 吹き荒ぶ寒風に舞い散る六花。 師走の夜天に浮かぶのは、赤々と満ちた凶兆の忌月、別名『鬼灯夜』である。 戊辰暦十三年も、残り二日となった十二月二十九日。 時刻は三更半ば、運命の六斎日だ。 暮れも押し迫った勢至門町【施無尽物社】は、一通りの神事や、鬼祓いなどの儀式を終えて、人足も減り、今や閑散と静まり返っていた。 斎庭の参道に並ぶ石灯篭も、最後の御神火
2024年5月27日 16:06
やがて、宿場外れの小高い岩山までやって来た琉蹟と瑞茅。 馬首を廻らし、闇深い周囲の風景を見渡す。驚くべき脚力で、巨岩だらけの峻険な山肌を、一心不乱に遁走した『黒姫狂女』は、どこへ雲隠れしてしまったのか。「クソ、なんて女だよ! とても、追いつけねぇぜ! 心臓が……は、破裂しそうだぁ!」「まるで、へへ……い、韋駄天だねぇ!」「く、苦しい……少し、休ませてくれぇ!」 ようやく追いつ
2024年5月26日 12:27
戊辰暦十三年、いよいよ暮れも迫った師走の二十八日。 雪空に光が差し、昼下がりの勢至門町【施無尽物社】は、しばしの安息を取り戻していた。 雪を除けた斎庭の一角で、焚火を囲むのは、勢至門町の顔役、凶賽親分と子分たちであった。「天女さま、どうしているのかねぇ……」 弱々しくつぶやいたのは、縦長の痴八である。「ふん? 天女って、ほふ、誰のことだい?」 横幅の敦莫が、焼き芋を頬張りな
2024年5月25日 09:44
翌晩の多聞区は、底冷えのする雪空だった。鬼灯は朧な雲居に隠れ、自戒して身を慎む六斎日ゆえに、往来も路地も、人通りが少なかった。 そんな時である。「久しぶりじゃのう、【忌告げの如風】殿。今宵は『人ちがいだ』などとは、云わさんぞ」 粉雪舞い散る弥勒門町の夜更け、裏通りを急ぐ藍染め小袖の職人風【掌酒族】男を、怪しい虚無僧が呼び止めた。人気のない雑木林から忽然と現れ、天蓋を外した虚無僧は、頭
2024年5月24日 19:04
翌二十三日、初更夜半。弥勒門町から北方玖乃へ向かう、天凱府外れの船着場。 そこへ、そそくさと進む怪しい黒尽くめの人物がいた。【緇蓮族(常に緇衣で隠した素顔を他族に見られたら、その者を殺すか、伴侶にせねばならぬという『鉄の掟』を持す種族)】の男である。 今宵、最後の船便が出る刻限だった。〈天凱府を離れてしまえば、犯人も追っては来られんだろう。明日は六斎日だ。今夜中に、北方玖乃へ逃げ