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私もいつかエンターテイナーに。先輩の背中に見た、自分の未来

2021年に設立された「株式会社フーテン(以下フーテン)」。企業理念に「お前じゃなきゃダメなんだ!」を掲げ、現在は浅草に3店舗を構えている。カフェ、スナック、バーとそれぞれの業態は違うものの、一貫しているのは人と場所がつくり上げる「コミュニティの強さ」だ。そこで今回は、2022年1月にスタッフとしてジョインしたばかりの村井毬乃(むらいまりの)さんに入社の経緯から現在の働き方、そしてこれからの展望について聞いてみた。

●夢を描けなかった上京前

――はじめに、これまでの経歴について教えてください。

村井毬乃(以下、村井):私は和歌山県の御坊市で産まれ、和歌山市で育ちました。大学入学と同時に神戸で一人暮らしをスタートさせましたが、最終学歴は中退……。大学がつまらなかったことも理由ですが、バイトばかりしていたら単位が危うくなりまして(笑)。

▲新人スタッフの村井さん。愛称はまりりん

――どんなバイトをしていたのですか?

村井:神戸に住んでいたころは、大阪のやきとり屋で働いていました。もともとはお客さんとして通っていたのですが、そこはずっと働きたかったお店なんです。

――そんなに美味しいお店だったと?

村井:美味しさはもちろん、オーナーと音楽の趣味が一緒だったんです。私「Hey-Smith(ヘイスミス)」というバンドが好きなんですが、そのお店の名前も「焼鳥スミス」というんです。だから、バイト募集が始まった瞬間、すぐに手を挙げました。履歴書の自己PR欄には「Hey-Smithが大好き!」と書いたほどで。

――大好きなお店だったんですね。

村井:私にとっては憧れの居酒屋でした。実際、お店には「Hey-Smith」のファンが多く来ていましたし、バイト募集時には私のようなファンからの応募も多かったようです。

▲大阪時代の村井さん

――聖地的な居酒屋だったと。中退後も続けていたのですか?

村井:いえ、中退後は地元の和歌山に帰るため、辞めました。そして、和歌山に戻ってからは地元の居酒屋で1年ほどバイトを。当時は夢もなければ、特にしたいこともなく。だけど、このまま地元でバイトを続ける気もなく。なんとなく日々を過ごしていました。

――では、上京のきっかけは?

村井:当時、2年ほど付き合っていた彼氏に突然フラれたからです。

――失恋を機に上京?

村井:はい。仕事も楽しくなかったですし、彼氏にもフラれたことで私には何もなくなりまして。だから、人生をやり直そうじゃないですけど、思いつきで「東京に住もう」と思ったんです。

――すごい決断力……。

村井:多分、フラれて20分ほどで気持ちは切り替わっていました(笑)。そのおかげで、ひどく落ち込むこともなく、むしろ東京に行きたい!という強い気持ちで就職先を探していました。そして、無事に就職先も決まり、東京にパッと出てきたんです。上京は2019年4月なので、もう3年も経ちましたか。

――ちなみに最初はどんな仕事に就いたのですか?

村井:家庭用品の営業職です。やりたい仕事を選んだというよりは、東京に住むにあたって、お金のかからない方法を選びました。そこは社宅があり、福利厚生も手厚く、上京時の引っ越し代も補助してくれたんです。最初の土台作りには最適(笑)。ちなみに去年10月まで働いたので2年半はスーツで頑張っていましたよ。

●入社を決めた親の一言

――続いて、フーテン入社までの経緯をお伺いしたいです。まず、前の会社を辞めた理由は?

村井:会社を辞めたのは、転勤がきっかけです。東京にも馴染んでいたので、今更どこかに行くのも嫌だなって。だから、転職することにしたんです。条件は今まで通り、昼職で土日休みの仕事を探していました。

――それはなぜですか?

村井:やはり、私は音楽が好きなのでライブに行くのが趣味なんです。また、友達も昼職で土日休みが多かったため、ライブに行くとしたら必然的に土日。おまけに東京でできた彼氏も土日休み。つまり、私のプライベートを充実させるためには土日休みはマストだったんです。

――プライベートを大事したかったと。

村井:そうですね。私はじっとしていられない性格なので、すぐに新しい会社の内定もいただきました。ただ、全く楽しそうとは思わなくて……。また同じような日々が始まるなと思っていました。

――フーテンとの出会いというのは?

村井:「焼鳥スミス」で働いていたころ、後輩に「みっちゃん」という女の子がいました。みっちゃんもまた就職で東京に来ており、住んでいたのが浅草近辺だったんです。だから「ほしや(※)」にもよく行っていたんですよ。

そして、私の転職中にみっちゃんから「まりりん、仕事を探しているなら飲食に戻らんか?」という話になり、フーテンの社長・佐藤さんを紹介してもらったんです。

※ほしや…フーテンが経営する浅草のカフェ

――紹介で知ったわけですね。

村井:はい。飲食は昔から好きでしたし、改めて興味も湧いていたので。とりあえず喋るだけでも行ってみようと思い、面接を受けることにしました。

――興味が湧いていたんですか?

村井:正確には芽生えていたくらいです。今まで「夢」というものを考えたことがなく、こんな生活がなんとなく続いていくんだろうなと思っていました。でも、今回の転職を機に、自分は何がしたいんだろう?と真剣に考えてみたんです。そのときに、真っ先に思い浮かんだのが「自分のお店を持ちたい」だったんですよ。

――それは飲食店?

村井:そうですね。料理もお酒も好きだったので、自分がお店を持つなら飲食店だろうと考えました。

――面接では、どんなことを話しましたか?

村井:正直に全てを話しました。今は昼職で土日休みの仕事をしたい。でも、いずれは夜職で土日も働く飲食業をしてみたいと。現実を取るか、将来を取るか。揺れ動く気持ちを素直に伝えました。

――どんな反応でしたか?

村井:「どっちも諦めなければいいじゃん! 飲食やろうぜ!」みたいな(笑)。入社しても有給で土日は休めるし、店長になれば自分でシフトを組むからライブもデートも行けるよって。さらに、佐藤さんからはビジョンの共有のほか、自分の会社から独立する人を応援したいという話もしてもらいました。

そして、最終的には「そんなことで諦めるなら、どっちも頑張ってみない?」と言われ、より悩むことになりました。同時に、ずっとぼんやりしていたものが明確になってきたんです。意外と「夢」って手の届かないものではないのかなと。

――そして、内定を断ったと?

村井:いえ、面接からの1ヶ月はめちゃくちゃ悩みました。そこでまずは、親に相談しようと思い、和歌山に帰省したんです。ただ、私の親って大学卒業後、地元の有名企業に就職したお堅いタイプで「お前は公務員になれ!」というくらいに真面目な性格なんです。だから、恐る恐る相談してみたところ「お前がやりたいことを見つけてきたのは初めてなんだから、頑張ってみなさい」と応援してくれたんです。

――嬉しい一言ですね。

村井:親の気持ちが聞けたことで、より前向きに考えられるようになりました。無理だったら無理でまた考えよう!と。あとは、悩んでいる時期に「よたか(※)」に訪れ、スタッフの意見を聞けたことが大きかったです。

※よたか…フーテンが経営する浅草のスナック

――どんな意見を聞いたのですか?

村井:お店の雰囲気から人間関係、福利厚生、給与面、休暇制度など不安なことを全て聞きました。「ほしや」も「よたか」も知らなければ、ましてや浅草で飲んだこともない。みっちゃんからは楽しいお店とは聞いていましたが、自分で体感しないとわからないじゃないですか?

――たしかに一次情報は大切ですよね。

村井:佐藤さんとも話しましたが、そりゃオーナーは人を雇いたいから、良い話しかしないのかなって(笑)。だから、現場をよく知るスタッフに会いに行くことにしたんです。

――いかがでしたか?

村井:全て正直に話していただきました。くわえて、フーテンのお客さん達からも「信頼していいと思う」という言葉が聞けたのは大きな後押しになりました。そして、親、友達、彼氏、みんなに相談した結果、入社を決意したんです。

●点と点が線になってきた

――フーテンの入社はいつですか?

村井:初めての出勤は2021年11月25日。現在は3ヶ月の試用期間を経て、フーテンの社員になりました。

――今の業務内容を教えてください。

村井:メインは「よたか」になります。まだ自分のお店のビジョンは定まっていませんが、なんとなくスナックの形態を描いているので、良い経験になっていると思います。

――当初、どんなことに苦労しましたか?

村井:やはり、フーテンには常連さんが多く、会話の内容についていけないことが辛かったです。「〇〇のお店がさ~」と言われても私にはさっぱりで……。お客さんの会話もわからなければ、接し方もわからず、まさに疎外(笑)。

――会話に困ったと?

村井:はい。だから、私の最初の業務は名前を覚えること。たとえ、界隈で有名な人だったとしても、会話を商売にしているスナックでは、名前を聞かないことには先に進めません。失礼ながらも果敢に聞いていきましたよ。「はじめまして。浅草に来たばかりなのでお名前を教えてください」って。もう名前を聞くことには慣れました。

――名前を覚えるのも大変そうです。

村井:本来ならば、お客さんのお店に行ったり、一緒に飲みに行くのが定石なんでしょうけど、その時間も取れなくて。なので、インスタグラムをフォローして名前、仕事、趣味などを復習していましたね。

――SNSを駆使したわけですね。

村井:仕事終わりには必ずアカウントをチェックしていましたよ。多分この3ヶ月で200人以上、フォロワーが増えたんじゃないかな? ちなみに予習もしていました。例えば、お客さんがアニメや音楽の話をしていたら、少しだけかじっていくんです。そうすると、会ったときに楽しい会話ができるんですよ。

――素晴らしい。思った以上に常連さんが多いなど、戸惑うこともありましたか?

村井:私が働いていた大阪の街も常連さんメインのお店が多かったので、そういう意味では似たような雰囲気を感じました。強いていえば、飲むお酒の違いに驚きましたね。大阪にはキンミヤ焼酎が出回ってなく、焼酎といえば麦か芋。でも、浅草は圧倒的に緑茶割りを飲む人が多いんです。そもそも、緑茶割りなんて上京するまで知らなかったですよ。

――カルチャーショックですね。新規のお客さんとの会話はいかがでしたか?

村井:私からすると、スタッフと関係性が築かれている方が会話に入りにくいんですよ。でも、初対面同士だったら同じ土俵で会話が進められじゃないですか? 新規のお客さんこそ、ウェルカム。

ただ、今となっては、みなさんが「まりりん」と呼んでくれるので仕事もやりやすくなりました。もちろん、体力的には立ち仕事ですし、ずっと気を張る仕事です。でも、仕事が嫌だと思ったことは一度もないです。

――浅草の街に馴染んできた証拠ですね。

村井:覚えてもらえるのは、すごく嬉しいです。そして、今までは意味不明だった会話もわかるようになってきたので、私も話題に参加しやすくなりました。ちょうど名前・顔・場所が一致し始めましたよ。

――点と点が線になりはじめたと?

村井:普通に話せるようになっている自分に驚いています(笑)。最近は「まりりんがいるなら、また来るわ!」と言ってもらえるようになったんですよ。私のなかで「誰かのためになっている」というのは、とても嬉しいことですし、やりがいです。最初こそ、会話を頑張ろうという気持ちでしたが、今はあの人が来たらこの話をしたいと常に思うほど。

――成長が著しいですね。スタッフ同士の人間関係は大丈夫でしたか?

村井:全く問題なかったです。社員である松橋さん、小島さん、斎藤さんは何かある度に「大丈夫? 悩み事はない?」と気遣ってくれますし、佐藤さんも定期的にご飯に連れてってくれますから。特に小島さんからは「いつも働いてくれてありがとう」と言ってもらえ、励みになっています。

――環境は良かったわけですね。

村井:逆に「期待に応えないといけない」という責任感も生まれました。もちろん、不安はありますが、いつまでも「新人」という言葉に甘えていてはいけないなって。だから、最近は社内ミーティングでも意見を言うようになりましたよ。

――どんな意見を言うのですか?

村井:例えば「よたか」に生理用品を置くようになったのは私の意見です。これまで「よたか」には佐藤さん、小島さんがメインで入っており、あまり女性目線の店づくりがされていなかった気がします。だからこそ、私は女性の働きやすい環境を考えるようにしました。

――男性だけでは意外と気付けないかもしれませんね。

村井:また、「よたか」は女性がメインのお店なので、新しい女性スタッフが下戸のケースもあると思うんです。そこで出勤する度に潰れてしまったらかわいそうじゃないですか? だから例えば、スタッフのグラスを小さくする、濃さを調節しやすいよう色付きのグラスを使うなど、楽しく働ける環境は模索しています。

――変革していますね。だいぶマインドも変わったのでは?

村井:とても変わりました。当初はあくまで、いちバイト。お客さんに対しても注意をすることを避けていました。「お前だれやねん!」と思われそうで。でも、社員になり「よたか」を任されるようになってからは、この場所は私が守らなきゃと思うようになったんです。

――期待しています。ちなみに働く前とのギャップはありましたか?

村井:正直、もっと友達と遊べなくなるとか、プライベートの時間が取れなくなる覚悟をしていました。ところが、全然そんなことはなく、希望通りの休みをもらっています。最近は日中の時間に友達や彼氏とランチを楽しむようになりましたよ。

●大切なのは「人のために自分が何できるか」

――フーテンには、どういう人が合っていると思いますか?

村井:「人を喜ばすことが好きな人」ですね。私も人を笑わせることが生きがいですし、人が笑うならいくらでもふざけられます。高校時代なんて、全校生徒の前で渡辺直美さんの真似をしていたくらいで(笑)。

――サービス精神旺盛ですね。

村井:友達と遊んでいても「この子はどういう発言で笑うのか」をいつも考えています。そういった「人のために自分が何できるか」を考えられる人はフーテンで活躍できると思います。

――飲食経験は必要ないと?

村井:もちろん。飲食のスキルは覚えればいいと思います。それよりも「人を楽しませたい」とか「喜ぶ顔が見たい」という思いが大切です。飲食経験がなくても、その思いだけを持っていればOK ですよ。

▲幼いころは奥手で人見知りだったそう

村井:私も入社にはとても悩みました。でも、今は仕事で浅草、休日も浅草で飲んでいます。これが全てだと思うんです。そして、フーテンは何かやりたいことがある人を絶対に応援してくれる会社です。興味がある人や不安な人は、ぜひ「よたか」に遊びに来てください。私も内部事情は聞きに行きましたから(笑)。

――心強いメッセージです。フーテンではどういうスキルが得られますか?

村井:「人との接し方」ですね。フーテンには毎日、老若男女さまざまな人が集まります。いろんなお客さんと話せて、一人ひとりの接し方が身につけられるのは大きな武器になると思います。

例えば「お酒が少なかったら注文を聞いてみる」とか「こういう言い方をしたら喜ぶだろう」とか。要は相手を気遣う力。当たり前かもしれませんが、この能力は転職しても汎用できるスキルだと思います。

――ちなみに接客は教わりましたか?

村井:特に教わっていないです。おそらく、その人の良さを潰さないために、わざと教えていないのかと。言わずもがな、みなさんフォローしてくれるので安心です。困ったこともすぐに聞ける環境ですし。

――すぐに質問するタイプなんですね。

村井:本当は遠慮しがちなタイプです。でも、フーテンには聞きにくい雰囲気が全くないんですよ。そういう面でも助けられました。

●影響を受けた、先輩の姿勢

――最後に将来の展望を教えてください。

村井:やはり今の段階では、いつか自分のお店を持ちたいです。場所までは決まっていませんが、東京でも和歌山でも常連さんを大切にした、人と密になれるお店を開店したいと思っています。まさにフーテンのようなお店ですね。

――フーテンイズムを受け継ぎたいと?

村井:そうですね。フーテンには佐藤さんを筆頭に「尽くすことが好きな人」がそろっています。入社したころは、エンターテイナー!と思う人ばかりで度胆を抜かれましたよ。でも、それこそがサービス業の根底だと思います。

――そんなに衝撃でしたか。

村井:特に今年の新年会には感動しました。一次会、スタッフ全員での宴が始まったのですが、最初にお酒をつくり始めたのは松橋さん、小島さん、斎藤さんの三人だったんです。私も動くつもりでしたが、率先して動く3人の姿にはハッとさせられました。

その後、二次会でカラオケに移動しました。そこでも、めちゃくちゃ盛り上げたのはその3人で。ただ歌うだけではなく、笑わせようとしてくるんですよ。しかも、恥じることなく、やりきる(笑)。そのエンターテイナーの姿勢を見たときは酔っぱらいながらも「すげぇな」って1人で感動しちゃいました。

――カッコいいですね。

村井:社内の飲み会ですよ? お客さんがいるわけではないのに、その精神には脱帽でした。後日、友達にも「あの人達はやばい」って話しましたもん。人として見習うべき一日でしたね。

――今度は村井さんの番ですね

村井:そうですね。新しい人が入ってきたら、せざるを得ないでしょう(笑)。でも、スタッフを育てるのも仕事です。そのときは先輩方のように頼れる人でありたいですし、新年会で魅せてくれたような姿は見せたいです。そして、フーテンで学んだ、エンターテイナーの精神は独立後も引き継いでいきたいです。