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楽しいことも悲しいことも寄り添いたい。小島さんが目指す「夜中の食堂」

2021年に設立された「株式会社フーテン(以下フーテン)」。企業理念に「お前じゃなきゃダメなんだ!」を掲げ、現在は浅草に3店舗を構えている。カフェ、スナック、バーとそれぞれの業態は違うものの、一貫しているのは人と場所がつくり上げる「コミュニティの強さ」だ。そこで今回は、スタッフである小島祐輝(こじまゆうき)さんに入社の経緯から現在の働き方、そしてこれからの展望について聞いてみた。

●やっぱり「飲食業」に戻りたかった

――はじめに、生まれは浅草ですか?

小島祐輝(以下、小島):僕の生まれは、浅草から自転車で15分ほどの「千住大橋」という場所です。ただ、学生時代から遊ぶ場所といえば浅草。アルバイト先といえば浅草でした。

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▲フーテンが運営するスナック「よたか」の店長・小島さん

――学生時代、どんなアルバイトをしていましたか?

小島:もんじゃ焼き屋で働いていました。選んだ理由は単純に友人がそこで働いていたからです。ただ今、振り返ると「料理の楽しさ」「接客の大切さ」など、飲食店に興味を持たせてくれたのは、あのお店でした。本来であれば、そのもんじゃ焼き屋さんに就職するはずだったんですけど。

――なぜ、就職しなかったんですか?

小島:閉店してしまったからですね……。とはいえ、僕も25歳を迎えており、そろそろ社会人にならないといけないなと思いまして。そこで、保険会社に就職することにしました。

――いかがでしたか?

小島:一日中デスクワークで、毎日パソコンとにらめっこ。思い出すだけで辛い日々でした。なにが辛いって、人との関わりが一切なくなってしまったんですよ。なので、日に日に飲食店に戻りたいという気持ちが強くなっていました。

――デスクワークが肌に合わなかったと。

小島:2〜3年ほど続けたんですけど、限界でしたね。やはり、自分は飲食店で料理をつくったり、人と接する仕事が向いているんだなと。だから、退社後は門前仲町の和食屋さんで店長を務めました。そして、次の職場を探しているとき、たまたま佐藤さん(フーテンの社長)と飲み屋で出会ったんです。

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▲2人の出会ったころ

小島:第一印象は明るいお兄さんって感じでしたね。そのなかで「良かったら今度、お店に遊びに来てよ」と。それが「ほしや」との出会いでした。

――もともと、お客さんだったんですね。

小島:はい。そして「よたか」をオープンする直前だったかな? 仕事を探している相談を佐藤さんに話したら「お店を手伝ってほしい」と誘いを受けたんです。

――どう思いましたか?

小島:佐藤さんからは「売上よりも、ここに来てくれるお客さんを楽しませてほしい。そして、小さいコミュニティをつなげて、大きなコミュニティにしたい」と、明確なビジョンを語ってもらいました。

僕も「飲食の本質」ってそこにあると思っていました。というのも、美味しいものを食べたかったら高級店に行けば食べられるじゃないですか? でも、お客さんに満足してもらうのって、結局は人。スタッフとつながり、お客さん同士のつながり。楽しいコミュニティが大事だと思っていたんです。

――ビジョンに賛同できたわけですね。

小島:はい。僕自身、1人で飲み行くのが好きなんですよ。それは「あの店主に会いたい」とか「あのお客さんと喋りたい」って気持ちがあるからこそ。根幹に共感ができたので、ここなら安心して働けると思い、入社しました。

●お客さんにちゃんと寄り添う

――2020年にアルバイトとして入社し、2021年に正社員として「よたか」の店長となりました。業務内容を教えてください。

小島:バイト時代からドリンク作り、接客は基本業務でした。社員になってからは、売上の管理をはじめ、備品管理、スタッフ管理、発注など任される業務が増えましたね。また、売り上げ目標も自分で立てるため、常に改善点を模索し、スタッフとこまめにコミュケーションを取るようになりました。

――どこが苦労しましたか?

小島:佐藤さんからの引き継ぎが一番、苦労しましたね。オープン時は佐藤さんがメインで立ち、僕はあくまでもサポート。だから、急に僕がお店に1人で立っても、みなさんのお目当てではなかったわけです。……引き継いだ当初は、売り上げも大きく落としてしまいましたよ。

――佐藤さんのお客さんが多かったと。当初は厳しい状況でしたね。

小島:入店音が鳴るたびにビビっていました。誰が来るかわからないですし、来たとしても顔と名前が一致しないですし。いろんなお客さんから「今日、佐藤いないの? じゃあ帰るわ!」って。辛いけれど、帰ってくれることでホッとする自分がいたのも本音ですね。

――どうやって乗り越えましたか?

小島:僕はとにかくメモを取りました。お客さんの名前、特徴、誕生日はもちろん、普段なにを飲まれているか、お酒はどれくらいの濃さか、お酒をつくるタイミングはいつか。あとは、会話内容もメモっておき、次の会話に活かしたりもしました。

――そこまでメモするんですね。

小島:どこまでお客さんが求めていたかはわかりません。でも、なかには嬉しそうにしてくれた、お客さんもいたんですよね。「そこまで覚えてくれているの?」って。

あとは、来てくれたお客さんのお店に行くようにしました。もちろん、営業で行ったつもりはありません。ただ、僕の立つ「よたか」に来てくれたお客さんには、顔を出して挨拶がしたかったんです。

――佐藤さんからの引き継ぎで学んだことはありましたか?

小島:めちゃくちゃ多かったです。ただ、僕のなかでは「お客さんにちゃんと寄り添う」という姿勢が一番の学びになりました。どんなに面倒なお客さんにも一切、帰れ!なんて言わないですし、むしろ「なんでそんな酔っ払っているんですか?」、「じゃあ、こういう飲み方はどうですか?」としっかり向き合っていたんです。

――酔ったお客さんも蔑ろにしないと。

小島:はい。佐藤さんの仕事ぶりを見たことで、少しは僕もお客さんの気持ちに寄り添えるようになれたかなと思います。実際、ひどく酔ったお客さんと話してみると「じつは最近、仕事がすごく忙しい。だから、休みが全く取れず、飲むことしかストレスのはけ口がない」って言うんです。酔ってしまう理由がわかると、必然的にお客さんの気持ちも理解できるようになりました。もし、ここで働いていなかったら、そこまで人に興味を持っていなかったかもしれません。

――寄り添っていますね。

小島:会社の方針として、ひどく酔ってしまうお客さんを更生させること。つまり、「人を見捨てないこと」を掲げています。佐藤さんもよく「うちは心の病院だ」と言っています。だから。僕も目上のお客さんだろうと「よたか」以外でも綺麗に飲めるように諭したり、注意することは大事にしています。ちなみに僕が伝えるのは2つ。1つ目はセクハラ、2つ目は暴力沙汰。この2つさえ守れば、口うるさく注意するつもりはないですよ。

――注意するのも勇気が必要そうです。

小島:厳しいことを言えば「記憶がない」というのは免罪符ではないので(笑)。受け入れてしまったら、きっと同じことを繰り返してしまう。だからこそ、ダメなことはダメと伝えないと、お店の治安が悪くなってしまうんです。

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――いろんな人が集まる「飲み屋」だからこそ、コミュニティを守るのも大変ですね。

小島:日々、勉強です。そのなかで、Hさんというお客さんに出会えたことは、僕にとって大きな経験値となりました。出会ったころのHさんは、酔っぱらうとお店で大声を出したり、何度も僕を呼んで同じ話を繰り返したり。挙げ句の果てには、まわりのお客さんにも執拗に絡んでいまして。

――俗に言う「飲み方が汚い」ですね。

小島:毎度、手を焼いていました。でも、その度に僕も注意を繰り返しましたよ。そしたら、最近になって、飲み方が綺麗になったんです。ちょっと諭すだけで「ごめん、ごめん」って話を聞いてくれて。やはり、誠意を持って接客すれば、お客さんにもちゃんと伝わるんです。この成功体験は、僕の自信につながりました。

――大きな糧になったと。今の仕事のやりがいは?

小島:どの仕事においても、共通ですが「自分を求めてくれる」というのは、すごく嬉しいですよね。佐藤さんからの引き継ぎがあったからこそ、そういったお客さんがいるだけで、仕事のやりがいは感じられます。

●「よたか」は街の案内所

――「よたか」のお客さんの層を教えてください。

小島:佐藤さんのころは、団体の若い方々がメインでした。でも、僕が店長になってからは40〜60代の男性がお一人で来られることが増えた印象です。また「よたか」は毎日、女性スタッフが立っているため、一緒になってお話をしたり、カラオケを楽しむシーンが多いように思います。

基本的には優しいお客さんが多く、仕事もやりやすいですよ。常連のお客さんには、僕らのも弱音を見せられますし、辛いことが共有できます。余談ですが、そんなときは決まって、お客さんから、やる気と同時にお酒ももらっています(笑)。

――アットホームな雰囲気が伝わります。

小島:最近は新規のお客さんも増えてきました。今までは人の紹介で来られることが多かったのですが、最近はネットで検索して来られる人も少なくありません。

――新規のお客さんには、どういった対応を心がけていますか?

小島:状況は見つつですが、僕の場合は自分のフィールドに持っていきますね。前述の通り、僕は浅草で育ってきました。そのため、飲食店には詳しいと思っています。

特に、浅草は旅行で来られているお客さんが多いんですよ。だから僕は「日本酒はお好きですか?」とか「和食なら〇〇がオススメですよ」とか、地域の飲食店をフックに話を広げています。

――知らない土地で、地の人にオススメを聞けるのは嬉しいと思います。

小島:正直、せっかく浅草に来たのに「ホッピー通り」だけではもったいないと思うんですよ。「浅草」は、良くも悪くも閉鎖的な街です。だからこそ、「よたか」を街の案内所として使ってほしいですね。僕なら浅草のいろんなお店を紹介できますから。

●人とのつながりが財産

――「よたか」のスタッフは、何名ですか?

小島:現在、僕を除いて女性スタッフが7名います。年齢はバラバラなので、幅広い会話が楽しめると思います。

――どんな人が多いですか?

小島:気遣いができる人ばかりですね。なので、僕が教えるは特になく(笑)。あとは、みなさんコミュニケーション能力が高いと思います。

――なるほど。では、フーテンに入社したい人はコミュケーション能力が問われますか?

小島:コミュケーション能力は後々でも身につけられるので、必須ではないと思います。大切なのは、思いやり。楽しいことも悲しいことも寄り添ってあげられる心。もちろん、無理に話を聞き出す必要はありません。ただ、お客さんがポロッと言ったことに対して、真意を組み取れるような人は望ましいと思います。

もし、フーテンに興味があるならば、一度「よたか」に飲みに来てほしいです。そうすれば。お店の雰囲気が感じられますから。僕が窓口として、給与、福利厚生、職場環境などリアルな意見をなんでも伝えますよ(笑)。

――心強いですね。フーテンで働く上でのメリットはどこにありますか?

小島:僕が思うのは「人とのつながり」。「よたか」では幅広い年代、さまざまな職業の人と出会えます。そして、フーテンの接客スタイルは、お客さんとの距離が近いため、より広く、より深くつながっていけると思います。大人になると、新たな友達をつくるのも大変じゃないですか?  
でも、僕はフーテンに入社したことで、いろんな人と仲良くなり、プライベートでも遊ぶ友人ができました。

●食事の締め、1日の締めに寄れる食堂

――今後、どんな将来を考えていますか?

小島:「よたか」については、これからも1日の疲れをお話やカラオケで解消できるお店をつくっていきたいです。さらに先の将来を言えば、僕もいずれはフーテンから独立して、自分のお店を持ちたいと考えています。少しずつですが、やりたいお店のビジョンが見えてきました。

――どんなお店ですか?

小島:「深夜食堂」というドラマをご存知ですか? タイトルの通り、深夜にしか営業しない食堂が舞台で、物語ではその食堂に集うお客さんの人間模様を描いています。なにより、物静かな店主がつくる、素朴で心温まる料理が最高なんですよね。僕の理想に近いと思いましたよ。

――なるほど。夜中の食堂をつくりたいと?

小島:もちろん、料理を提供するだけではありません。「楽しい場」を提供することが大前提。というのも、僕が保険会社に勤めていたとき、けっこう苦しい日々でして。一時期、髪の毛が抜けるほどストレスが溜まってしまいました。

でも、仕事帰りに浅草のいきつけのバーに行くと、みんなと話せ、みんなとお酒が飲め、いつのまにか楽しい気持ちに変わっていたんですよ。その実体験から、そういうお店をつくりたいと思っていました。そして、深夜食堂に出会い、僕のつくりたかったイメージがマッチしたんです。

――胃も心も癒されるような場所づくりですね。

小島:そうですね。飲みの締め、1日の締めに利用してもらいたいです。そして、どんなに疲れていても、最後に美味しいご飯と楽しい会話で「今日も良い1日だった」と思ってもらえるような食堂をつくりたいです。

――素晴らしい。ちなみに、お店を構える場所は決めていますか?

小島:僕はずっと浅草で働きたいですね。僕にお酒の礼儀・マナーを教えてくれたのは浅草です。くわえて、楽しい思い出も辛い思い出も、この土地で経験してきました。ずっとお世話になっている、好きな街なんです。だから、僕を育ててくれた浅草には恩返しがしたいです。