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『語り出したら止まらない』そんな映画を、君はいくつ持っているか。



「いい映画」に出会ってしまう、ということは、すごく幸福で、そして、時として、すごく怖い。


TOHOシネマズで映画を観るのに必要な映画鑑賞料が、2,000円に値上がりしてから初めて映画館で2,000円を支払って映画を観た。

『怪物』という作品だった。

映画館で映画を観ることの愛おしさが渦巻いて、涙が出た。はじまりの回を観て、次の回も観て、レイトショーでも観た。次の日も、観に行った。

止まらなかった。

感情の渦が、うごめいて、止まらなかった。

“映画観で観るべき映画”というものが、この世界には確実に存在していて、そしてこれからも、生み出されていくのだというそのことがただ、本当にただ嬉しくて、幸せで、ありがたいと思った。



映画館で映画を観るということ



映画を映画館で観る理由が、時代と共に移り変わっているのだと感じる。

「どうしてもIMAXで観たいのですが、いいですか」映画を一緒に観に行く予定を立てた人から、そう聞かれた。

なるほど、映画館で映画を観るということは、作品そのものよりも、作品が上映される環境要因に付加価値を得られること自体に意味を持つようになったのだなぁ、と改めて感じた瞬間だった。もう長いこと、自分の中で映画館は一人で行くものになっていたから、まだ誰かと観に行っていた時代には無かった「映画館での鑑賞方法」についての会話に、映画の変遷みたいなものを感じた。

かくいう私も、年始にMr.Children「GIFT for you」を鑑賞した時には、敢えてTOHOシネマズ轟音上映で観ることを選んだ。開始1秒で、そのあまりの音の素敵さと、胸に差し迫ってくるような迫力に、なんていうか、耳じゃなくて心臓で音楽を聴いているというような、身体に濁流のように音楽が入ってくるような、そんなふうに惹きこまれたまましばらく戻ってこられなくなったあの感覚は、おそらく轟音上映でしか感じることの出来ない特別な体験だったのだと思う。

一種のアトラクションのように、「IMAX体験が出来るから」ということそのものが、今後の、“映画を映画館で観る目的”になる人が、一定数増えていくのかもしれない。何も付加価値がないただの作品の上映であれば、数ヶ月待ってNetflixで見ればいいやって、そういう時代に、なっていっているのかもしれない。もちろんIMAXを否定しているわけでは全くない。私にも「どうせ観るならIMAXで観るか」という感覚はあって、なんていうかそうじゃなくて、映画の素敵さを盛り立てるための技術の進化を素敵だなとは思っていて、でも、私の中での、映画館で映画を観たい理由はそういうことじゃないって思っているんだ。


たとえば現代の子どもたちにとって、「初めての映画体験」がIMAXになる子だっているのだろうなと、思う。その子にとっての『映画体験』っていうのは、その子の人生の中に、どんなものとして残っていくのだろう。

形は変わり、値段も上がり、昔は夜通し上映されていたレイトショーの枠も今や本当に少なくなって、映画の未来が、もしかしたら変わっていくのかもしれないけれど、でも、「映画館で映画を観る」ことでしか救われない思いが確かにあって、それは、技術の進化による付加価値とも違くて、なんていうかきっと、配信や放送で満たすことはできても、作品と人を暗闇で繋ぐことができるのはあの空間だけなんじゃないかってそう思う。

部屋にスクリーンの投影機を買って、NetflixやDVDを観てみたりもしたけれど、映画館を自宅に作り出すことは出来なかった。

「何時から上映です」と決まった時間の中で、そこにわざわざ赴き、スキップできない長い予告や映画館からのお知らせも全部観て、上映をただ待ち侘びる。そして、他人の”ものがたり”に思いを馳せるだけの、数時間を過ごす。そんな体験そのものができる場所は、もう、映画館くらいしか残されていないんじゃないかとすら思う。

今、映画館の外の世界がどんな状況であろうとも、その映画の上映中だけは関係ない。映画館の中に潜り込んで、外界と一度シャットアウトして、物語の中で心を救うのは、映画館という“場所”なんだってそう思う。

映画の感想なんてものを、うまく言葉に出来ないのは当然なんだ。

映画っていうのは、簡単に言葉にまとめられない大切さを映像にして、それを観る人にゆだねるものなんだと思うから。監督や脚本家から、「誠意を込めて作ったから、あとは各々の解釈でいいよ」っていう、贈り物のようなものだと思うから。そんなこと、通常のコミュニケーションじゃあ、なかなかない。伝える側は、思った通りに伝わってほしいと願う。だけど、映画は、作り手がどれだけ思いを込めて作品を作ろうが、批評されたり、つまらなかったと言われたり、感動したと言われたり、勝手に語られて「観た人のもの」となって、作り手からはどんどんと離れて散らばっていく。それを「それでいいよ」って、「公開後は観客のものだから」って、そう、ゆだねてくれるだけの強さは、誠心誠意尽くした映画にしかできないことなんじゃないかって、そう思う。

だからこそ、観た側は、落とし込んで、咀嚼して、ようやく言葉に出来たものが、感想でなくたっていいんだ。いつまでも心の中で、ぽーっと残り続けるもの、ただそれだけでも、いいんだよね。


「映画は変わる。変わり続ける。(中略)それでも変わらないであろう映画の原初の形と、早晩映画とは呼ばれなくなるであろう『映画』の間を往来しながら、自分は映画を作り続けていくことになるだろう。」

是枝裕和「終わりに 寒い2月に東京で」



はじめての映画体験



私が初めて映画館で観たのは、千石劇場という小さなシアターで上映された『映画・ドラえもん』だった。

幼少の頃だったので、映像の詳細な記憶こそ残ってはいないが、上映後に真っ暗な劇場から外へ出た眩しさの中で“まるで別世界にいたみたいだ…“と呆然と立ちすくんだあの感覚だけが残っていて、その幼少の頃に感じた映画館への特別な感情だけが、今もずっと続いている。

この間観た、スピルバーグ監督の『フェイブルマンズ』が、まさにその感覚に近かった。

主人公のサミーが初めて映画を観た時に、口をあんぐり開けたまま、映像の中に吸い寄せられて目が離せなくなっていた、あの時の感覚だ。

私がスピルバーグ監督作品を最初に観たのは『E.T.』で、何よりもその映画音楽と映像の親和性に魅せられた。映画を観ている間中ずっと、ドキドキもワクワクも止まらなかった。E.T.を“始めて”観たあの感動は、もう二度と味わうことが出来ないんだということに悲しみをおぼえるくらいに、大切な映画を「初めて観る日」は、私にとって特別な日になることを知った。


【meme × ハリウッド映画】

私とハリウッド映画の出会いは、オードリー・ヘップバーン主演作品『ローマの休日』『ティファニーで朝食を』、ジェームズ・キャメロン監督作品『タイタニック』そして、スティーヴン・スピルバーグ監督作品『E.T.』だった。どれを最初に観たか、なんてことは覚えていない。ただ、この4作品が、私の中での“海のむこうの映画”だった。

4作品とも有名も有名、名作中の名作、巨匠中の巨匠の名を連ねるようで、まさにミーハーだと言われそうだが、それが事実だった。田舎町の女の子のもとにまで届く世界の名作なんてものは、大抵が、世界中で愛され尽くした後に、数年遅れでやってくる。それが常だった。ミーハーなんていう言葉も知らずに、そんな世界に愛され尽くした作品を、次から次へと食い入るように観た。

初めて目にした世界的大女優オードリー・ヘップバーンは、実家にあったブラウン管テレビに映る白黒の作品だった。だけど、それが良かった。白黒にも関わらず、美しく、気品があって、特別な人なのだということが浮き彫られているようで、見惚れた。

そして、この人を一目みたい・映画館の大きなスクリーンでヘップバーンの作品が観たいと思った時にはもう既に、オードリー・ヘップバーンはこの世を去っていたということを知った。そして悲しいことに、この世から去ったのは、私が生まれる前の年だった。子供ながら一丁前に、ヘップバーンと同じ時代を生きることが出来なかった悲しみを感じた。

それでも、またビデオを回せば何度だってそこには美しいままのヘップバーンがいて、待ち望んでいればやがて昔の映画が午前10時の映画祭やリマスター上映などで復刻することがあって、私にとって映画は、生きる喜びになっていた。




【meme × スタジオジブリ】


スタジオジブリ作品を始めて映画館で観たのは10歳の時。『ハウルの動く城』だった。

そこからはもう、宮崎駿×久石譲作品をこよなく愛していく映画人生になるのだが、唯一、宮崎駿監督作品以外のジブリ作品の中で、群を抜いて好きな作品があって、それが、12の時に映画館の大スクリーンで観ることができた『ゲド戦記』だった。宮崎駿著書『シュナの旅』原案の作品だ。観る前からそれが宮崎駿ではなく、息子・吾郎が監督することを理解した上で映画館に赴いていたが、その上で、宮崎吾郎初監督作品にして、序盤で主人公アレンが父を刺し殺すというところも、衝撃的でにんまりとして、とても面白かった。

その上でテルーが叫んだ「命を大切にしないヤツなんて、大嫌いだ!」という言葉が、胸の奥に突き刺さってとれなくなった。あの頃から私は、なぜか人の生き死ににすごく執着のようなものがあって、実際に仕事も人の生き死にに近い場所を選んで、今此処にいる。死に向かっていく人のそばにいる仕事。人が、人生を通して何を感じ、その最後の数年で何を思い、どう生き、どんな言葉を発するのか。そういうことを、何故だかとても、分かろうとしたかった。

「アレンが怖がっているのは死ぬことじゃないわ!生きることを怖がっているのよ!」というテルーの言葉に、「わしらが持っているものは、いずれ失わなければならないものばかりだ。苦しみの種であり、宝物であり、天からの慈悲でもある。わしらの命も。」というハイタカの言葉に、私の死生観は形作られた。

それから14の時にポニョが、19の時に風立ちぬが上映され、そして、宮崎駿監督引退会見となった。10代を、ジブリ映画と共に過ごした。


それなのに、幸福な裏切りにあった。今年、また7月に、宮﨑駿監督最新作が公開されるというのだ。大好きな映画監督が、”作り続けなくてはいられない人”で、私はとても、幸せなファンだ。


【meme × 新海誠】


私が生まれた時にはもう既に、スタジオジブリが一世を風靡していて、ナウシカもラピュタもトトロも魔女宅も紅の豚も、世に公開された後だった。そういう作品を、ビデオテープが擦り切れるほど見て育った。

お父さんとお母さんに、「ねぇ、もののけ姫が公開された時、日本はどんなふうだった?日本中の話題になった?ナウシカは?みんなどんな風に思ったと思う?」そんなふうに、しきりに聞いた。

ジブリ作品には無頓着な両親からしてみれば、「なんでこの子はこんなにジブリが好きなんだろう」くらいの感覚でしかなくて、「んー、お父さん観てないからなぁ」「だいたいがアニメってものを映画館で観る風習がまだなかったんだよなぁ」というように、毎度はぐらかされた。


9歳最後の日の夜に、お風呂で一人、泣いた。

10歳になるのが嫌で、泣いた。

年齢が2桁になることに、「いよいよ大人になってしまうのだ」という絶望があった。それは、決して子供のままではいられないのだという焦燥にも似た感情だったと記憶はしているが、当時の私にはその感情を言語化する術はなく、なんで泣いているのか、自分でも分からないのが、切なかった。

だけど、ひとつだけ感じていたことは、ジブリ作品における「こどもの頃にしか行けない不思議な場所」「こどもの頃にしか会えない不思議な動物」そんなものの存在が、本当の意味で、もう見えなくなってしまうのかもしれない、それが大人になることだとするのであれば、それはとても怖い、ということだった。


今思えば、あの当時の私が新海誠監督の「すずめの戸締まり」を観れたなら、少し救われていたのかもしれないとも思う。

「朝が来て、また夜が来て、それを何度も繰り返して、あなたは光の中で大人になっていく。必ずそうなるの。それはちゃんと、決まっていることなの。」

新海誠『すずめの戸締まり』


私は、この映画をはじめて観終わった時、なかなか感想が出てこなかった。人が、3年もかけて制作した映画を、ただ一度きりの視聴で理解して言葉にするなど、やっぱり私には出来なかった。出来なかったことが、嬉しかった。 3年、楽しみに待った。本当に楽しみだった。ワクワクした。日々生きる中で、何か『楽しみにして待っている』ものがあるという事実が、とても嬉しかった。だから、何度も観に行った。映画館へ、足繁く通った。

監督が伝えたかったことを、理解したかった。自分の感覚で、理解したかった。一本の映画とともに感情を分解する作業は、ある意味でその時代とも、自分自身の奥底に眠る感情とも向き合うことになるからいつだってとても難しくて、楽しくて、あぁ、だから映画って未来永劫なくなることのない文化であってほしいなと、祈らずにはいられなくなる。

そしてまた、新海監督がつくる次の作品が楽しみで仕方がない日々を、これからも過ごしていける。そのことがとてもとても、嬉しいんだ。




【meme × 邦画】


私の「生きる」に欠かせなかったのは、宮崎駿監督作品と久石譲の音楽であり、一人暮らしをして初めて知ったレイトショーという真夜中の秘密基地であり、午前10時の映画祭で知った洋画の面白さであり、『映画館に同じ作品を観に何度でも足を運びたい』と思いが昂った新海誠監督作品との出会いであり、そして、リリーさんから教えてもらった大林宣彦監督作品との出会いだった。

私が、リリーさんのラジオへ送ったお便りを「いやぁ、まるで大林監督ですよ。」そんなふうに電波に乗せて読んでもらったことがある。

時をかける少女の原案が、細田守のアニメーション映画であると信じて疑わないくらいには、日本の映画史に無頓着だった。リリーさんの言葉に、大林監督って誰だ?と思ったくらいだった。そんなときに、NHKオンデマンド『最後の講義』で、大林監督を知った。「こんなんじゃ、映画好きとは公言できないなぁ」と思ったものだ。観たい映画はたくさんあれど、まだまだ全然手つかずで、死ぬまでに、観たい映画すべて見終わることができないうちに死んじゃうんだろうなってことがなんとも悲しくて、そんな作品に囲まれて生きていられるんだってことがなんとも、幸福だとも思った。

晩年、大林監督『海辺の映画館 キネマの玉手箱』の主人公のセリフが、ここ数年、私が抱えていたことのすべての答え合わせだったような気がしている。

「観客が高みの見物じゃ、世の中何も変わりゃせんで」





◇◇◇

自宅にいても手軽に映画と接触できる今。でも、映画と僕たちの関係は、知識だけでは成り立ちません。映画を求めて、時間やお小遣いを切り詰めて、そこに赴いた経験。その経験こそが、僕たちの感受性を培ってきくれました。

町の映画館という場所が、改めて、子供たち、大人たちの語らいの居場所でありますよう。そこに行けば、年齢、性別、人種に関係なく、食事をしながら、今観た映画、いつかの人生をささやき合えますよう。
映画、映画館を媒介に、すべての人が集える、とまり木になれれば。

それは、懐古的な想いではなく、文化という、人々の未来の為に。

リリー・フランキー 

◇◇◇



鑑賞済み映画録



(※鑑賞年ではなく、公開年です。なお、映画を観るたびに、適宜更新していきます。)

2023(29歳)
・ミスタームーンライト〜ザ・ビートルズ武道館公演 みんなで見た夢〜
・タイタニック ジェームズ・キャメロン25周年3Dリマスター
・フェイブルマンズ
・BLUE GIANT
・ちひろさん
・浜田省吾 A PLACE IN THE SUN at 渚園 Summer of 1988
・王様戦隊キングオージャー アドベンチャー・ヘブン(試写会)
・怪物
・君たちはどう生きるか
・キングダム 運命の炎
・川は海に向かって流れる
・SEE HEAR LOVE 〜見えなくても聞こえなくても愛してる〜
・ゆとりですがなにか インターナショナル
・カラオケ行こ!


2022(28歳)
・クライマッチョ
・コーダ あいのうた
・真夜中乙女戦争
・余命10年
・ちょっと思い出しただけ
・ファンタスティックビーストとダンブルドアの秘密
・TOKYO VICE
・窓辺にて
・すずめの戸締まり
・大怪獣のあとしまつ
・天間荘の三姉妹
・E.T. リバイバル上映
・バズ・ライトイヤー
・Mr.Children「GIFT for you」
・メタモルフォーゼの縁側
・母性
・2つの人生が教えてくれること(原題: look both ways)


2021(27歳)
・花束みたいな恋をした
・あの子は貴族
・街の上で
・いのちの停車場
・キャラクター
・夏への扉-キミのいる未来へ-
・かそけきサンカヨウ
・俺の家の話
・BLACKPINK〜ライトアップザスカイ〜
・キネマの神様
・あの頃。


2020(26歳)
・窮鼠はチーズの夢を見る
・星の子
・糸
・一度死んでみた
・コンフィデンスマンJPプリンセス編
・滑走路
・スマホを落としただけなのに
・「一生に一度は、映画館でジブリを。」
『風の谷のナウシカ』
『もののけ姫』
『千と千尋の神隠し』
『ゲド戦記』


2019年(25歳)
・フォルトゥナの瞳
・翔んで埼玉
・キングダム
・マスカレード・ホテル
・天気の子
・かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜ファイナル
・アイネクライネナハトムジーク
・記憶にございません!
・人間失格
・コンフィデンスマンJPロマンス編
・アルキメデスの大戦
・マチネの終わりに


2018年(24歳)
・娼年
・万引き家族
・祈りの幕が下りる時
・日日是好日
・コーヒーが冷めないうちに
・嘘を愛する女
・累-かさね-
・銀魂2
・コード・ブルー
・SUNNY 強い気持ち・強い愛
・ペンギン・ハイウェイ
・50回目のファーストキス
・プーと大人になった僕
・今夜、ロマンス劇場で
・ボヘミアン・ラプソディ
・いぬやしき
・愛がなんだ


2017年(23歳)
・君の膵臓を食べたい
・帝一の国
・火花
・銀魂
・DESTINY 鎌倉ものがたり
・斉木楠雄のさいなん
・打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?
・PとJK
・亜人
・『ラストレシピ ~麒麟の舌の記憶~』
・グレイテスト・ショーマン


2016年(22歳)
・君の名は。
・溺れるナイフ
・新感染
・この世界の片隅に
・聲の形
・シン・ゴジラ
・ファンタスティックビーストと魔法使いの旅
・何者
・信長協奏曲
・ハドソン川の奇跡
・ピンクとグレー
・世界から猫が消えたなら
・海賊と呼ばれた男
・二重生活
・ディストラクション・ベイビーズ
・オオカミ少女と黒王子
・(きみがくれた物語)
・テラフォーマーズ
・セトウツミ


2015年(21歳)
・マイ・インターン
・シンデレラ実写
・ANNIE アニー
・海街diary
・イニシエーション・ラブ
・バクマン。
・ビリギャル
・心が叫びたがってるんだ。
・orange
・ヒロイン失格
・風に立つライオン
・テラスハウス クロージング・ドア
・ピンクとグレー


2014(20歳)
・アバウト・タイム
・思い出のマーニー
・STAND BY MEドラえもん
・あと1センチの恋
・6才の僕が、大人になるまで。
・美女と野獣 実写
・海月姫
・抱きしめたい
・365日のシンプルライフ
・7番房の奇跡
・そこのみにて光輝く
・(円卓 こっこ、ひと夏のイマジン)



2013年(19歳)
・風立ちぬ
・永遠のゼロ
・そして父になる
・言の葉の庭
・カノジョは嘘を愛しすぎてる
・県庁おもてなし課
・図書館戦争
・ワン・ダイレクション THIS IS US
・(オン・ザ・ロード)


2012年(18歳)
・ヘルタースケルター
・宇宙兄弟
・ツナグ
・BRAVE HEARTS 海猿
・ライアーゲーム-再生-
・貞子3D

2011年(17歳)
・モテキ
・僕たちは世界を変えることができない。
・あしたのジョー
・星を追う子ども
・妖怪人間ベム
・パラダイス・キス

2010年(16歳)
・告白
・ソラニン
・君に届け
・ハナミズキ
・アイルトン・セナ-音速の彼方へ-
・BANDAGE
・Eat Pray Love  ※邦題:食べて、祈って、恋をして

2009年(15歳)
・サマーウォーズ
・イエスマン
・重力ピエロ
・カイジ 人生逆転ゲーム
・ごくせん THE MOVIE
・僕の初恋を君に捧ぐ
・セブンティーン・アゲイン
・余命1ヶ月の花嫁
・ディア・ドクター
・ROOKIES-卒業-
・虹色の硝子
・(うさぎドロップ)

2008年(14歳)
・崖の上のポニョ
・容疑者Xの献身
・蛇にピアス
・ハッピーフライト
・ぼくたちと駐在さんの600日戦争
・おくりびと
・花より男子ファイナル
・L change the WarLd
・西の魔女が死んだ
・私は貝になりたい
・砂時計
・赤い糸
・クロサギ
・SEX AND THE CITY
・DIVE‼︎


2007年(13歳)
・ハリーポッターと不死鳥の騎士団
・アヒルと鴨のコインロッカー
・それでもボクはやってない
・さくらん
・恋空
・HERO
・東京タワー オカンとボクと、時々おとん
・バッテリー
・僕は妹に恋をする
・Dear Friends
・西遊記
・マリと子犬の物語
・秒速5センチメートル

2006年(12歳)
・プラダを着た悪魔
・時をかける少女
・DEATH NOTE
・DEATH NOTE the last name
・ゲド戦記
・ナルニア国物語
・硫黄島からの手紙
・カーズ
・タイヨウのうた
・ハチミツとクローバー
・博士の愛した数式
・NANA2
・シャーロットのおくりもの
・映画ドラえもん のび太の恐竜
・大奥
・日本沈没
・ラフ

2005年(11歳)
・チャーリーとチョコレート工場
・きみに読む物語
・ハリーポッターと炎のゴブレット
・NANA
・宇宙戦争
・電車男
・星になった少年
・タッチ

2004年(10歳)
・ハウルの動く城
・ハリーポッターとアズガバンの囚人
・スウィングガールズ
・世界の中心で、愛をさけぶ
・いま、会いにゆきます
・海猿
・空のむこう、約束の場所

2003年(9歳)
・ファインディング・ニモ
・ドラえもん のび太とふしぎ風使い

2002年(8歳)
・ハリーポッターと秘密の部屋
・猫の恩返し
・ほしのこえ -The voices of a distant star-

2001年(7歳)
・千と千尋の神隠し
・ハリーポッターと賢者の石
・リリィ・シュシュのすべて

2000年(6歳)
・おばあちゃんの思い出 ドラえもん 

1999年(5歳)
・のび太の結婚前夜 ドラえもん
・彼女と彼女の猫

1998年(4歳)

1997年(3歳)
・もののけ姫
・タイタニック

1996年(2歳)
・耳をすませば

1995年(1歳)

1994年(0歳)
・34丁目の奇跡


1992年
紅の豚


1989年
魔女の宅急便

1988年
となりのトトロ
火垂るの墓


1986年
・天空の城ラピュタ
・スタンド・バイ・ミー


1979年
ルパン三世 カリオストロの城

1961年
・ティファニーで朝食を

1953年
・ローマの休日



(どんな本や映画を見ればリリーさんのようになれますか?)
俺、よく若い人に「どんな本を読んだらいいですか?」とか「どういう映画を見たらいいですか?」とか聞かれるけど、そういう時は紹介しないの。だって絶対に自分の人生の方が泣けるし、感動できるじゃん。誰かに薦められて知識を得るために読む本って楽しくないし、得るものはないよ。普通に生きてたら自然にいい本に巡り合う。ほっとけば生きてる中で興味を持つことが絶対に出てくるから、それまで変に無理して本読んだり映画を見なくてもいいってことだよ。

リリー・フランキー


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