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万物への温かな眼差し~「吉野弘詩集」

たまには背伸びをして、詩などを読んでみたりもする。
好きな詩人の一人である吉野弘の詩集が岩波から出たので手に取ってみた。

気に入った詩をいくつか紹介する。
まずは有名な「夕焼け」の一節。

やさしい心の持主は
いつでもどこでも
われにもあらず受難者となる。
何故って
やさしい心の持主は
他人のつらさを自分のつらさのように
感じるから。
やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう。
下唇を噛んで
つらい気持で
美しい夕焼けも見ないで。

正直者は馬鹿を見る、という言葉があるが、やさしい人・正直な人ほどつらい目に合うという場面は少なくない。でもだからといって彼らにしてみれば、他人のつらさから目を背けることはもっとつらいこと。
でもその彼らの頭上には、美しい夕焼けが覆っている。
ほら、少し顔を上げてごらん。そう言いたくなってくる。

次は「冷蔵庫」という詩の一節。
吉野の温かな眼差しは生きものに対してだけではない。

ロボットに感情を持たせようなどと
人間が考え始めるご時世だが
そんな馬鹿な夢想の相手をしてはいけない
生きものになれば確実につらいことがふえる

人間は何十万年もドタバタ見苦しく生きてきたのに
まだ自分に愛想を尽かすことも知らない
そういう狂った生きものなんだから
人間を見習ってはいけない
ただ、設計されただけの働きを
休み休み、果たしていればいい
知らずに与えられた機械の幸福というものを
お前は破らぬほうがいい
わかったな

人間と機械、今で言えばAIになろうが、どちらが優れているかという対立軸はここでは無意味に思えてくる。
人間なんていいものではないよ、と機械に対して温かな言葉をかけているが、一方で人間に対する物言いもどこか優しげである。
まさに山川草木すべてに愛を注いでいるかのよう。

吉野は元はサラリーマンとして勤めをしていたという。
だからなのか、紡ぎ出される言葉たちは技巧に走らず私たちの心に届いてくる。

どれも大事に読み返していきたい詩ばかりであった。

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