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聞き上手が裏目に出た話

ありがたいことに、「聞き上手だね」と言われることがある。


なんだい、その目は。本当なんだからね、本当に言われたことがあるんだからね。

聞き上手は、公務員に特に必要なスキルだと思う。住民の人との対話ができなければ、良質なサービスなど提供できるはずもない。まぁ、それができてない人も一定数いると思うのだが。

公務員時代のその経験が生きているのかいないのかは別として、

  • 相手の目を見て聴く

  • 相槌を適度に入れる

  • 会話を途中で遮らない

といったコミュニケーションの基礎は心得ているつもりだ。


しかし、その好感度爆上がりな対応が仇となったことがある。

公務員3年目だったか、住民アンケートを実施したときのこと。
無作為に抽出した住民にアンケート用紙を郵送し、同封した返信用封筒で送り返してもらうというスタイルだ。ペーパーレスとはかけ離れた時代錯誤な手法と思われがちだが、高齢化の進んだ小さなまちではこのほうがよかったりする。
ただ、作業はめちゃくちゃ大変。何百何千という大規模の調査対象ゆえに、発送も集計も時間がかかった。
加えて、数十項目に及ぶアンケートだったので、回答する側の負担も大きい。問合せや苦情が多く出るだろうと覚悟はしていた。


対象者全員にアンケート用紙が行き渡った頃、僕宛の内線電話がかかってきた。住民課の同僚だ。


「アンケートのことで問合せが来てるんですけど」


さっそくおいでなすった。電話応対は苦手だが、これも仕事。コミュ障なりに誠意をもって傾聴しなくては。


「わかりました。じゃあ電話回してください」

「あ、いや、今ちょうど窓口に来てて」


直接訪問かーい!まぁいいや。電話より顔合わせて話したほうがお互い楽だろうし。
当時僕のデスクは2階にあったので、1階に降りて住民課の窓口に向かった。


「あちらの方です」


と同僚が指した方向は、窓口の真向かいにあるソファー。そこには、一人の男性が座っていた。
こぎれいなポロシャツとチノパンを纏った、清潔感のあるおじいさんだ。高齢の割にはシャキッとした精悍さも伺える。年齢は70代くらいだろうか。いや、若く見えるけど実は80代かもしれない。


「こんにちは~。アンケートのことで話があると聞いたんですけど」


慣れない営業スマイルで接遇開始。おじいさんも微笑み返してくれた。おっ、幸先のいいスタートじゃないか。


「そうなんだよ。まちづくりのアンケートって聞いてさぁ。まちをよくしたいんだよね?」

「はい、そうですね」

「いやぁ、俺がこのまちに来たのは〇〇年前なんだけどさ、うちにあるリンゴの木が有名でさ」

「リンゴ、ですか」

「そうそう、そのリンゴの木が広報誌にも載ってね・・・」


察しのいい人はお分かりいただけたと思う。
そう、関係のない話を延々とするタイプのおじいだったのだ。
うっわー、これはどうしたものか。でもなぁ、話を遮るのは感じ悪いしなぁ。区切りのいいところで切り出すか。

しかし、このおじい、水を得た魚のようにしゃべるしゃべる。いつの間にか、リンゴの木の件は2周目に突入した。これ、さっきも聞いたなぁ。
タイミングを逃したら一生しゃべり倒すんじゃないか、このおじい。このままではまずい。流れを変えなければ・・・!


「それでね、リンゴの木が広報誌に載ったんだよ」

「そうだったんですねー。あ、ところで、アンケートの聞きたいところってなんですか?」


我ながら絶妙なタイミングだ。このままアンケートの話に流れを持っていこう。


「まずは、1ページ目ですね。えーとなになに、『このまちに何年住んでますか』ですね」

「〇〇年前だね。その頃は、うちにあるリンゴの木が有名でさ」


あちゃー!振り出しに戻ったー!



話すスピードもゆっくり目だから、せっかちではない僕でも焦る。いや、あんたはいいだろうよ。しゃべりたいことバァーッとしゃべってるだけなんだからさ。でもね、僕は仕事があるのよ。膨大なアンケートの集計もそうだし、それ以外にも山ほどあるのよ。

もちろん、心の声を漏らすことなどできるはずもない。僕は「はい」と「へぇー」と「そうなんですねー」を駆使してタイミングを計り、然るべき瞬間に「あ、ところでアンケートなんですけど」をぶちこむマシーンと化した。リンゴの木の件は、トータル5回以上はしただろう。

午後1時過ぎにやってきたそのおじいは、結局午後5時までしゃべり倒した。もう終業時間なんだが。
時間が解決してくれるのは、失恋の痛みだけではないらしい。終業時間を理由に、僕は駆け足でアンケートに回答させた。


「『職員の対応についてどう思いますか』か。これは『5.とても悪い』だな」


おいおい、ここまで付き合ってるのにそりゃねぇぜ。

がっくりと肩を落としながらおじいを見送り、僕は自席へ戻った。
上司は「今までかかったの!?」と驚いたが、最後までていねいに対応した僕を称えてくれた。

めちゃくちゃ疲れた。しかし、山のように残務がある。少なくとも、今日中にやらなければならないものを残すわけにはいかない。脳内で無限に発生するリンゴの木を伐採し、消耗した体に鞭を打って僕は残業をした。



思い出しただけで疲れた。ハイボール飲みたい。


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