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体験してわかった、支配の楽さ、放任の難しさ

最近たまに、学童保育の現場にお邪魔せてもらっている.私が行く時間は、学童の子は宿題をやることより遊んで過ごしていることが多く、見守ったり一緒に遊んだりする.
危険なことや乱暴なことで無ければ自由にさせている為、遊びを編み出す様子に興味深さを感じる一方で、何をしでかすかわからない、という注意面(ストレス)もある.

先日は、遊んでいる中で怪我をする子が出てしまったというお話を伺って.指導員が気をつけて観察していても防げないこともある.
やむを得ない状況だとしても、父兄からは「何をしてたんですか?!」となることもある.とは言っても、動き回らず静かに過ごさない限り、いつだって起こり得ることだ.

話は変わって、以前幼児教室の見学をさせて頂いたことがあった.約1時間くらい、机と椅子を並べて、教材を使った授業.
時間内に決められた分量をこなさないといけない中、流れ作業に終わらず、生徒の能力を伸ばしたり、集中させる先生の話術や指導力に触れ、圧倒されて帰ってきた.

大変さは、幼児教室の先生型>学童の指導員 だと本気で思っていたけど、違う考えが出てきた.
もちろん、幼児教室で特殊なカリキュラムを指導するという専門技術・専門知識を持ってクラスを受け持つということは、大変なことだと想像できるんだけど、教室内では、子どもたちが“何をしでかすかわからない”ということはない.

勉強に集中できない子もいるけれど、追いかけっこが始まったり、喧嘩が始まったり、怪我をするような危ない行動はほとんどない、予定調和の時間.
消しゴムやえんぴつで遊んでいたら、大義名分のもと堂々と、しつけ・指導という名の命令で子どもをコントロールできる.

一方、学童では何が良くて何がダメなのかの線引きが難しい.常識的にダメでしょ、と思ってもいざなぜダメか考えると以外に明快な答えが出てこなかったりする.そうすると、子どもを制限するすでが無い.子どもを支配できないということは、自分の思い通りに行動させれないということ.自分の手の内でコントロール出来ないって、当たり前のことだけど、時に相手を支配して楽になりたいって思っちゃう.

学童と幼児教室の風景から、支配と予定調和についての考察でした.

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