Rize Faustus/四季杜リゼ

主に小説を上げています

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五月の大陸で

まだまだ青い田んぼ。山。青い空。白い雲。電柱とそれを結ぶ電線。それよりも高い位置で、送電塔に吊るされた高圧架線が風と戯れている。窓の外に映る景色から春とも夏とも言い難い生命の香りが飛び込んでくる。陽射しはすっかり夏の様相であるが、植物と香りは春のようだ。もう完膚なきまでに冬というものは追いやられて久しい。こんな景色を見る度に、僕はあの物語の中の高校生活に憧れる。もう高校時代など随分と昔のものになったし、あれがあくまでも物語の中の話でしかなく、仮に今から高校時代に戻ったところで

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    • 平野の西端

       閑古鳥鳴くターミナル。典型的な二面三線の駅の線路配置は美しいものだった。  平地のど真ん中から来ると左手に迫る山はやはり少々の圧迫感をもたらす。ただ赤々と萌える紅葉の彩りが久しぶりに彼の瞳に明かりを添える。男の乗ろうと思っていた二両編成のディーゼルカーがやってくる。車内は2-1列のボックスシートが並ぶ。ディーゼルエンジンの駆動音と独特な揺れは慣れ親しんだいつもの電車とは随分異なるものであった。  「小旅行にしては趣きがずいぶん格調高いものになった。」  男は一人満足げに窓の

      • 夜景

         空虚の中から溢れ出して来るものがあるとするなら、それはどのようなものだろうか?  ある人が呟いたその言葉は、すっかり世界を一回り以上はしてから、ようやく僕の耳に届いたのだと思う。常に泡は虹色の膜の中に空虚を湛えているのだということに気がついた時には、もう誰もシャボン玉のことを覚えていなかった。  夕方の空を覚えていたならば、きっと僕らはもう少し違う出会い方が出来たのだろう。でも君は、早く早くとネオンの中に消えていった。人混みの多い交差点に取り残された僕は、ただ絶え間なく押し

        • 啓示

           滲む地表にトランスの影あまりにも熱いあの時の夢  僕らはまだ知らないだけ  あの日の雪がこれからも冷たいままであることなど信じられるものか  僕らの有名な世界はたった一つのこの現実だと言うならそんなものはクソ喰らえだ  くたばるように這いつくばっても死ぬことすら叶わないのだから  あぁ神よ、貴様の到来が全てを解決することを私は知っているのだ。来い来い来いここに来い  爆発的な症状は古来より信じられている新自由主義の根本的な心中を求めている  進化せる人類の退廃的たる様は神を

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          失われた文字列

           風のたなびくがままに任せていれば、空の雲は居場所を定めることも出来ず、人の流れが耐えることも無く、朽ちては築き、朽ちては築き、古城の歴史となって揺蕩うことまた長し。  溢れる水が街を洗い、生い茂った草木が燃やされて、たわわに実った稲穂が刈り取られる。朝日が昇ると、街の灯りが消えるように、春が来ると、雪解けの水が溢れる。嵐も時間の中でしか生きられない。  川底はもう姿を見せることなく数十年。長い時間も、石にとっては極わずかであるから、秋の時間というものは千年を要する。素晴らし

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          ノウゼンカズラとオリオン座

           焼かれた肉を啄んでいるとあたかも野性のようであるが、実際のところそれは極めて文明的行為である。火を使うことは人類の特権のひとつと言えるし、肉を焼くという行為はまさにその最たるものであろう。であるから、目の前の友人Aがそれを野性の発露のごとくかぶりついてるのを見るとこちらとしては呆けてきてしまうのだ。そこで私は馬刺しを食べながら、こちらの方がそちらよりは幾分か野性的であろうなどと嘲ってみても暖簾に腕押しで、彼はこういうのは実際的な文明なんてどうでも良くて心持ちの問題なのだと言

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          雪上の虹

           世界の複雑な現実性は引き出しの中で僕が見ていない間に展開される玩具達の物語のようなものである。放射能を浴びた雪を飲み込んだら喉が灼けるようで、吐いた胃酸が明日の虹となる。  さて、「今日がやってくるということがまだよく分からないのですが.......」と言って、外套を羽織った黒い顔をした男が、玄関をノックしてきたあの冬の夜は、街の向こうでイルミネーションが輝いていた事もあって、すっかり恐怖する事態であったが、何故か僕は彼を招き入れてココアなんかを振舞ってみた。それでよくよく

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          Letting me down ×3

           何度も殺したり殺されたり死んでみたりということを繰り返していると、命の尊厳というものはよく分からなくなる。男は夜なのにあまりにも明るい空を見上げながら、都心の夜景へと目を落とす。さらに目線を下げると黒い川があちらとこちらを分断していた。  黒い川がせり上がってきて白く輝くと女性の形を帯びてそのまま男の身体を半分に分ける。男はまただと思いながら、黒い川を真っ赤に染め上げた。空は闇に溶けていく。  川から這い出た女は実体を有して橋の上に降り立つ。雨が降って男の死体を川へと押し流

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          Tumbling down ×3

           赤い空に紫の雲。幻想的な映像の中で僕は君と向き合う。 「世界に2人しかいなかったらね……」 僕がそうやって君の瞳を見る時に、瞳の中には僕がいる。 「それは大変なことね」 君は東か西かどちらかも分からない空を覗きながら呟いた。 ………………    月の浮かぶ海の中で私は溺れていた。水の向こうから声が聞こえる。 「世界に2人しかいなかったらね……」 声はそう言って沈黙した。青い世界の中には何もない。 「それは大変なことね」 私はそうやってもっと深くに落ちていくと水圧に押しつぶ

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          倫敦の汽車

           旅情を誘う鉄路を、ガタゴトガタゴトと揺られていく。  前の方から煙がやってくる。警笛。力強い蒸気の動きがおしりの下からゴトゴトと響く。  男は、女に逢いに行くものだ。  昔は徒歩だった。籠だった時代もあろう。今はすっかり汽車であった。これもやがて電車になるとかならないとか言う。  電気会社が引く小さな電車は少しづつ増え、市民の足となっているが、長距離移動は未だに汽車だ。あるいは船か。  あぁ高いお金があれば、船と汽車だけで倫敦にも行けるのだ。あの憧れの倫敦に。  男は、駆け

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          九月はだってまだ暑いから

          静雄が由利香に出会ったのは、伊豆の浄蓮の滝でのことだった。街では五月蝿い蝉の声もせず、ただ滝の流れる音が響いていた。暑い日のことだった。  そこでどんな会話を交わしたのか静雄は覚えていなかったが、もう少し涼しくなったらまた会いましょうと連絡先を交換したことは覚えていた。連絡先を交換してからなにか話したという訳ではなく、履歴にはよろしくの挨拶だけが残っていた。  もうすぐ九月になる。そろそろ何か連絡をした方が良いだろうか。静雄は畳敷きの部屋で寝転がって考える。窓の外をチラッと覗

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          九月はだってまだ暑いから

          くっしゅ くしぇ 〈さ:殺人犯〉

          三日月が嫌いだ    「俺はもう上を向いて歩くことができない」  彼はそう言うと、また目線を落とした。オレンジジュースの氷が溶けてカランと音が鳴る。  私は彼の気持ちが分からなかった。それは仕方のない事だったのでは無いのか。コーヒーを一口飲んでから、そのことを聞いた。彼は言う。  「止められたんだ。止められたはずなんだ」  そして彼は顔を覆った。  私は安易な慰めの他にできることがなかった。    今の俺には慰めなど何の助けにもならなかった。ただ残るのは罪悪感だけだった。仕方

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          くっしゅ くしぇ 〈さ:殺人犯〉

           「みながみなそっぽを向いている。私たちの本当の姿から目をそらすように。その内側に眠る本当の姿を隠すように。  みなが持つその共通の起源から目を逸らしている。それを守るようにみながそっぽを向いている。」  真っ白な部屋の中でふと声がこぼれ落ちた。言葉は水の中で墨汁が広がるようにじわじわと部屋を包む。  墨汁に染まることを恐れるものがいた。彼はその声に答える。  「我々の中心には何があるのか?」  言葉を零した──真っ黒な服に身を包んだ男が問いに答える。  「朽ちた切り株だ。我

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          くっしゅ くしぇ 〈こ:固形燃料〉

             忘れられないことなんてそうそうあるものじゃない。大抵の事柄なんて何年もすれば風化して全部忘れてしまう。でも一つだけ、この感情だけが何故か心の奥底で、燃えることを待っている。    パチパチと弾ける焚き火を見つめる。火の向こうにいる貴方が揺らめいている。こんな日が来るなんて.......。不思議な気持ちに覆われて空を仰ぐ。満月が、傾いている。深い夜。    古い感情というものは溶けるものだ。少し柔らかくなった蝋のよう。そういうロウソクが明かりを灯すには少しの時間が必要だ。

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          くっしゅ くしぇ 〈こ:固形燃料〉

          夕方

           愛するなんてあまり簡単に口にするものじゃないわ。    彼女は夕焼けの淡い空の影となって、それだけをつぶやくと、タバコの煙が風に流れた。彼女の唇の色を忘れることはなかった。  僕は一言、本気だよ、としか言えなかった。彼女は沈黙で答えた。空の半分がすっかりと紺色に染まった。一番星ももう輝いているだろう。月が頭上に姿を現すまでにはもう少しだけ時間があった。  彼女がタバコを吸い終えた頃、ようやくバスが来た。彼女がバスに乗り込む前に囁く。    あなたが本気でそのつもりならきっと

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          くっしゅ くしぇ 〈け:ゲームセンター〉

          化学的な香料がまだ鼻の奥にこびりついている    そこは放課後に行くところ。友達と行くところ。私には縁がない。友達がいないから。  でもその日は違った。普段なら真っ直ぐに帰るのに、その日は何故か私はゲームセンターにいた。  隣ではクラスでちょっと浮いてるギャルの子が笑っている。なんで私なの?  ゲーム機の音がガヤガヤと響いて、耳が痛い。なんで笑っているの?  クレーンゲームの景品を押し付けられた。くれるの?  彼女は首を縦に振る。私に?  彼女は首を縦に振る。なんで?  彼女

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          くっしゅ くしぇ 〈け:ゲームセンター〉