夕方

 愛するなんてあまり簡単に口にするものじゃないわ。
 
 彼女は夕焼けの淡い空の影となって、それだけをつぶやくと、タバコの煙が風に流れた。彼女の唇の色を忘れることはなかった。
 僕は一言、本気だよ、としか言えなかった。彼女は沈黙で答えた。空の半分がすっかりと紺色に染まった。一番星ももう輝いているだろう。月が頭上に姿を現すまでにはもう少しだけ時間があった。
 彼女がタバコを吸い終えた頃、ようやくバスが来た。彼女がバスに乗り込む前に囁く。
 
 あなたが本気でそのつもりならきっとあなたはこっちに来るのでしょう?その時には私はあなたを信じてあげる。
 
 そして彼女は目もくれずにバスに乗り込む。バスが道の果てに吸い込まれるまで彼女がもう一度こちらを振り返ることはなかった。僕はもうすっかり暗くなった空の下で静かに決心をする他なかった。それで彼女が信じるというならば、僕はきっとあちらに行く。それがどんなに困難で危ないものだとしても。
 
 家に帰る頃には、月はもう白く輝いていた。

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