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佐々木さん(恋模様2年1組#5)

出席番号12番 瀬戸リュウキ 

 周りはなんだか騒がしい。カズマとマイカは最近ぎこちないし、ジンは最近、彼女にフラれたらしい。俺は、多分、心の中で、彼らをバカにしている。俺は、人を好きになる感覚がいまいちわからない。そんなことより、いちごミルクを飲んで、ノートの端っこに落書きしている方がマシだ。

「それで?」

「あ、いや。最初は今時、手紙で告るって。で、まぁ、開けたら字もキレイだし。付き合ってみるのもいいかなぁと思ったりもして。でも、なんていうか、それを狙ってきてるんじゃねぇかって思っちゃったら、一気に冷めちゃって、それで」

「瀬戸君は、考えすぎよ」

 メガネの奥の二重瞼を細めて、穏やかな表情で、みうちゃんが笑う。みうちゃんの薬指には、指輪がある。みうちゃんは、先月結婚した。保健室にくると、ここだけ時間がゆっくりと流れていく。

「これ飲んだら、授業に戻らないと」

「頭痛薬は?」

「熱、なかったでしょ」

 授業をさぼった俺に、なんだかんだでみうちゃんは優しい。みうちゃんは、頭痛薬の代わりに温かいお茶を出してくれた。

 放課後になると、周りは部活に恋に忙しい。体育館を覗くと、ジンがバスケに夢中だ。俺には夢中になれるものはない。時々、そんな自分が無性にイヤになることがある。

「お前は、モテるから俺の気持ちはわからない」

 元気がないジンを慰めようとかけた俺の言葉は、ジンを少しだけ怒らせたようだ。夢中になってバスケをするジンは、カッコいい。そう、素直に思っただけなのに。

 目の前を、カエデとミツキが歩いていく。ミツキは、大事な宝物を壊さないように、頭一つ分小さいカエデの話を、うん、うんと、頷きながら聞いている。幼馴染とはいえ、よくもまぁ飽きもせず、5年も付き合えるものだ。

「あ、またフッたんだって。あの子、泣いてたよ。手紙も返したんでしょ」

 カエデはヒドイやつだと言いたいのか、ミツキに見せた笑顔を消して、口を尖らせていた。やっぱりあの子も、他と一緒で口が軽い。ミツキが少し怒ったカエデの頬をつねり、なだめるように微笑む。カエデも、そんなミツキに表情が和らいだ

「お前ら、いいよなぁ…」

「え?」

「あ、いや」

 思わず呟いてしまった言葉に、俺は混乱した。どっちが本心なのか、俺自身もよくわからない。誰かと隣に並ぶのは、多分、悪くないのかもしれない。

 教室に鞄を取りに戻ると、佐々木さんが、アオイに押し付けられた日直の仕事を1人でやっていた。毎月のことだ。佐々木さんは、真面目すぎる。

「なんで、断らないの?」

 そんな佐々木さんを、俺は少しいじめたくなった。

「アオイちゃん、塾とか忙しそうだから」

 佐々木さんは、手を止めずに作り笑いをした。

「嫌われたくないんだ?」

 ムッとしたのを誤魔化すように苦笑いしたのを、俺は見逃さない。

「佐々木さんも、そんな表情するんだね」

 一瞬、手を止めた佐々木さんは、「何言ってるの」と言って笑った。
 佐々木さんは、どこかみうちゃんに似ている。その表情は、あの日見たみうちゃんと同じだ。悔しさを隠すような笑顔は、見ていてつらい。

「そんなに辛いなら、別れたらいいのに」

 その言葉を聞いて、みうちゃんは、佐々木さんと同じ表情をして、笑顔を作り直した。あんな男と結婚して、みうちゃんは幸せなのだろうか。

 次の日もその次の日も、なぜか佐々木さんは、俺を避けている。目が合っても逸らされ、バッタリ出くわすとあからさまに俯いて。なんだか面倒だ。とても。

 でも、俺はあの日から、佐々木さんばかり見ている。掃除時間でもないのに、落ちているごみを拾って、板書が間に合わない子にはノートを貸して。多分、いい子なんだと思う。

 次の日、佐々木さんは文化祭の実行委員に任命されていた。断ればいいのに。そんなつらそうな顔で笑うくらいなら。

「もう一人は?」

 俺が手を上げると、クラスが少しざわついた。でも、一番驚いているのは自分かもしれない。

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