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瀬戸くん(恋模様2年1組#10)

出席番号8番 佐々木ヒカル 

 文化祭の実行委員。そういう役割は決まって私にやってくる。壇上に呼ばれて席を立つ。クラスからは大きな拍手が贈られる。
 ほら、見透かしたような眼をしないで。瀬戸君の視線はいつも私を困らせる。

「なんで、断らないの?」
 日直の仕事を押し付けられた私に、瀬戸君が言った。
「嫌われたくないんだ?」
 確信を突かれたあの日から、私の作り笑いは、より一層ぎこちなくなった。

「まだ、5月なのにね」
 文化祭は10月。放課後、初めての委員会は来週だから打ち合わせをしておこうと呼び出したのは私だ。なのに、瀬戸君を目の前にすると、出てくる言葉はみんな空回りしていく。
 窓から射し込む夕陽を見つめて、はぐらかそうとする私から、瀬戸君は眼を逸らさない。先に視線を逸らしてしまうのは、いつも私の方だ。

「手を挙げるとは、思わなかった」
 沈黙に耐え切れずに発した私の言葉を聞いて、瀬戸君が初めて私より先に視線を逸らした。推薦で決まった私とは違い、瀬戸君は自ら実行委員に手を挙げた。理由は、わからない。
 窓の外を見つめる瀬戸君の横顔は、とても綺麗だ。ずっと見つめていられるかもしれない。見とれていると、真正面に向きを変えた彼と、視線がぶつかった。ごまかすように笑顔を作った私を、瀬戸君は見逃さない。
 真っ直ぐな視線に、私はまた、眼を逸らしてしまった。きっと呆れているだろう。私の本性を、彼は見透かしている。皆が思うほど優等生でもなければ、いい人でもない。面倒なことを引き受けることに慣れてしまった私は、本当の笑い方を忘れてしまっている。

「佐々木、相田のところにまた、寄ってくれないか」
 窓から担任が顔を出す。立ち上がって返事をする私を追い越すように、瀬戸君が担任に近寄っていく。
「先生、俺がいくよ」
「え、お前がか?大丈夫か。ちゃんと渡しとけよ」
 瀬戸君は、笑って頷くと、担任からプリントの束を受け取った。

 瀬戸君は、掴み所がない。1年生の時から彼のことを好きな女子は結構いた。私も綺麗な顔立ちに、ときめきを覚えた一人だ。
 初めて声をかけてくれたのは、1年生の、そう、今と同じくらいの季節だった。大きな荷物を運んで階段を上る私に、彼は、何も言わずに手を貸してくれた。その時に一瞬だけ触れた大きな手。その長い指は、住む世界が違うなと、私をすぐに落ち込ませていった。

「ありがとう」
 プリントを受け取った瀬戸君に、私は咄嗟にお礼の言葉を伝えた。瀬戸君は、照れ隠しなのか、また、私より先に視線を逸らした。その顔は、なんだかとても愛らしい。思わず吹き出した私に、瀬戸君が言った。
「そっちがいいよ」
「え?」
「そんな風に、自然に笑った方が可愛いと思う」
 瀬戸君の言葉に、私も思わず視線を逸らす。高鳴る鼓動が、私を戸惑わせていく。

 彼は、やはり掴み所がない。文化祭まで、何だか得した気分だ。私は、もう彼に夢中になっている。

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