【短編小説】 逃避墓
かあちゃんが死んで10年が過ぎようとしている。
俺は未だに逃げている。
宮崎に住むねぇちゃんがお墓の管理を続けてくれるのはいい。俺はそこに甘えて横浜で一人で呑気に暮らしていた。
俺は15年前に離婚したことをようやく去年ねぇちゃんに話した。もちろんなんで早く言わんかったって言われた。
けど言えんかった。情けんくて。
宮崎にいた頃は学級委員なんてやったり、地元じゃ良い高校卒業して少し鼻が高かった。
だから家族も俺にはみんな甘かった。そこに甘えて浪人して東京の大学に進学したは良いけど、2回も留年してしまった。
もちろんお金はとおちゃんに払ってもらった。
時代はバブル、就職は簡単だった。給料も良かった。甘かった。そんな甘い日々が続くって勘違いしてた。
東京で女を作って居候のように家賃も払わず20代はずっと遊んでいた。
今振り返ってみても、ダメだな。情けない。
子供ができたから結婚して、嫁の実家の近くの横浜に引っ越した。家賃は払ってなかった。
33歳のときに会社の人に誘われて広告代理店の会社を作った。
けどすぐにうまくいかず会社は倒産してしまった。
それから弁当屋を作ったけど、それもうまくいかずに失敗。
今はバーのマスターでやっているが向いてはいない。けど今さらどうしたら良いのかわからない。
ねぇちゃんはここ10年ずっと同じことを言う。
「カズ、あんた長男でしょ。お墓どうするか決めなさい。お墓を潰すのか、それとも宮崎に戻るん」
姪っ子のまぁにも
「カズおじちゃん。おかあちゃんを解放して。お金払ったりお墓のお世話するの辛いんよ」
情けないがずっと何もせずにいた。
「もう少し待ってくれ」
この言葉をずっと10年以上言い続けた。
そんなとき、別れたときにできた息子が横浜のバーにやってきた。
「俺、おじいちゃんのこと知りたいんだ。一緒に旅行でも行こ」
コイツは何を考えているのか本当にわからん。息子は30歳だったはずだ。ほとんど行ったことのない宮崎になぜコイツは行きたがるか。
「それは良いんだが。実はな、お父さんはずっとお墓の問題を抱えていて宮崎には帰っていなかったんだ」
「お墓??」
「まぁ、長男はお墓を継ぐだろう」
「まぁ俺には関係ないや。8月に行こう。丁度そこで休みが取れる」
息子と二人で旅行できるのはとても嬉しかった。それにお墓の問題もこれでなんとかなるかもしれない。俺はねぇちゃんに電話をした。
「急に帰ってくる。どおしたの」
「お墓の問題にちゃんと話したいと思っただけさ。げんきも連れていくし」
「げんちゃん。来るの。それは会えて嬉しい。もう20年振り。まぁに伝えておく。詳しいことはメールしてちょうだい」
俺はまた嘘をついた。息子が宮崎に行きたいって言ったのだ。それに便乗した俺はずるい。
8月にアイツは本当に会社を休みやってきた。もしかしたら俺に結婚報告でもするのかと思っていたがアイツは一人でやってきた。
二人で横浜から電車で空港に向かいそのまま飛行機に乗った。
あぁ楽しい。なんて幸せなのだろうか。
飛行機の中でアイツから質問してきた。
「おじいちゃんってどんな人だったの」
「鉄道会社に勤めていた会社員だった。機械系だった気がするけど」
「ふーん」
「子供の頃は貧乏でお金がないから稼ぐために満州に行ったらしいんだ。そこで上官に殴られて。耳を悪くしたんだ。そういえばコレ」
俺はバックからひっそり持ってきた文集を持ってきた。
「これ、おじちゃんが書いた文集。」
俺はとおちゃんが会社で書いた文集を渡した。日本が日露戦争に勝利した後に作られた会社で、とおちゃんの家は貧乏でお金がなかった。それでも学校に行きたかったとおちゃんは学校に行きたくて、戦争中に中国に渡り、軍人として仕事や勉強をしていた。
戦争が終わり日本に戻ったとおちゃんはあと1年長かったら人を殺していたかもしれんとよく家で話していた。
とおちゃんの葬式のときに見つけて俺は勝手に見つけて持って帰っていた。
息子はギョッと血相を変えて文集を熱心にそれを読み始めた。
急に何も話さなくなった息子を見て俺は寝てしまった。
宮崎空港に到着してレンタカーでホテルに向かった。
俺は向き合わんといけん。
「遠くからよく来たね。久しぶり」
ホテルのロビーにねぇちゃんとまぁとまぁの旦那がいた。
「それでどうすんの。お墓」
ロビーのソファーに座るや否や話し始めたねぇちゃんに俺はイラついてしまった。
「だからもう少し待ってくれって。お金はなんとかするから」
「10年よ。何年おんなじこと言えば気がすむ」
「げんきにお墓を見せてやりたいんだよ。そしたら継ぐかもしれんだろ。それまで少し待ってくれないか」
必死だった。俺だってお墓を本当は残したい。40年も宮崎には帰ってないんだ。今更帰って世話できない。世話だけしてもらってお金だけ負担すればねぇちゃんも許してくれるって思ってる。
俺はやっぱり甘いのか。
とおちゃんにもかあちゃんにも何もしてあげられなくて、俺だって後悔しているんだ。なんとかお墓は残したい。きっとねぇちゃんだってお墓は残したいはずなんだ。もしも息子のコイツが継いでくれた罪滅ぼしができるかもしれん。
「俺はお墓を継がない」
空気が凍りついた。俺の息子は20年以上会っていないねぇちゃんと姪っ子、その旦那の前でそう言い放った。
ねぇちゃんも慌てていた。
「げんちゃんのお墓はどおする。みくちゃんの家のお墓があるの」
みくとは別れた嫁のことだ。一度俺の苗字になってしまった。離婚した後、みくは子供のことを思い苗字を戻さなかった。子供が苗字が変わりいじめられるの心配したのだろう。
だからみくはみくの家のお墓には入れない。
「多分ない。けどお墓なんていらない。欲しかったら自分で買う」
なんて息子だ。コイツ。代々受け継いできた伝統を自分で切ると言っているのか。それもみくのことも。
「それにおじちゃんもおばあちゃんもお墓にきっとこだわりなんてない。そんなことより幸せに生きていくことを望んでるはず。お墓なんてなくたってちゃんと胸の中におじいちゃんとおばあちゃんはいるはずだよ」
あぁ。
敵わないな。全然会っていなかった息子に俺はちゃんと抜かれていたんだな。
結局、息子の一言で話し合いは終わってしまった。
「ちゃんとお姉さんにフォローメールしておけよ。こっちが悪い感じだし」
息子に言われてビクッとした。俺は素直に従った。年老いたら子に従えとはこう言うことか。ちゃんと負けるってこんなにも気持ちいんだな。
次の日、息子と二人でとおちゃんのお墓をお参りした。
とおちゃん。本当に情けない息子でごめん。
隣で静かにコイツはお参りしている。
一体なにを感じたのだろう。
俺はこのまま宮崎空港から飛行機で帰る。アイツは宮崎から電車から旅をして帰るらしい。呑気で本当によくわからんやつだ。
宮崎空港に向かうレンタカーの車中で俺は勇気を持って言ってみた。
「昨日はありがとう」
心からの言葉だった。俺は照れ臭くて変な話をしてしまった。
「お父さんはさ、おじいちゃんにもおばあちゃんにも迷惑かけっぱなしで、よくおばあちゃんにはあんたが大学行かずに就職してたらもう一つ家が建てられたって揶揄われてた」
「そっか」
興味なさそうなげんきに続ける俺。
「けど、おじいちゃんはたくさんお金使って迷惑かけっぱなしだったのに一言も文句を言わなかったんだ。偉いよな」
「偉いね。けど絶対言いたいことはあったと思うけど」
「そうだよな。なんで言わなかったんだろう」
「そりゃ。期待していたんだよ。お父さんに。」
「えぇ」
意外な答えだった。
「おじいちゃんは学校に全然行けなかったからさ、お父さんが大学に行けば、きっとおじいちゃんの苦労も報われたんだよ」
「そっか。そうなのか」
とおちゃんは俺に期待してだからたくさんお金使ってくれたのか。
空港に到着してお土産をたくさん買った。宮崎旅行の話を早くお客さんにしたい。
あぁ楽しかった。本当に幸せだ。
空港のロビーで別れる直前俺は思った。
「これ、持ってけよ」
それは俺が今持っている今回の予算の残りの7万円だった。
「いや、いいよ」
「いいから。持ってけよ。楽しめよ。旅行」
あぁ、息子にお金を渡すってこんなに気持ちいんだ。とおちゃん。産んでくれてありがとう。まだ俺はこんな経験ができたよ。
それから横浜に戻った。
やっぱり宮崎のお墓は潰すことになった。ごめん。
けど、お骨はねぇちゃんに横浜に送ってもらうことにした。それから横浜の集合墓で遺骨を永久供養してもらうことにした。
俺はなんとか集合墓の抽選に当選した。
とおちゃんとかあちゃんが、ようやく包み込むように捕まえてくれた気がした。
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