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2000年代のいちご味

 ぼくの先生は、学校にいない。彼は大抵、浜辺のガードレールに寄りかかっている。空き地に停まった、宇宙船みたいに銀色のアイスクリーム屋で、いちごアイスを食べるためだ。ぼくが荷物を抱えて近寄ると、MDプレーヤーのイヤフォンをつけたまま、「よう!」と片手を上げる。

 「今日も、あっちーな」と、言って、先生はアイスをなめる。サンダルをシャリっと鳴らす。授業料の封筒を渡すと、そのままそのお金でアイスクリームを一つ注文する。それはだいたい、赤い線の入ったいちご味だ。

 ぼくは先生のとなりに座って、足をぶらぶらさせる。海からの風が吹く。波の音は、いつも少し遠い。

「……算数の宿題は終わったか?」
「もちろん。二問ぐらい、わからなかったけれど」
「教えて欲しいか?」
「それは……いや」
「そうこなくちゃ。いつも誰かが教えてくれるとは限らないからな」

 錆びたガードレールが、教室だ。出席確認は、簡単。入道雲に向かって、手を挙げるだけで良い。ひざに広げた教科書を読みながら、チクチクするコンクリートに肘をついてノートを取る。そうして、方程式の答えを、先生と一緒に解いていく。

「宿題は良いとして、学校にはちゃんと行けよ。勉強が遅れたら、大変だぞ」
「学校に行くよりも、勉強する方がずっと大事だよ」ぼくは答える。
「確かにな。学校に行くのは、本質的ではないかもしれない」

先生は頷く。そうやってペットボトルの水をなめる。ぼくはその横顔を、じっと見つめる。

「でもな、学校に行かないとわからないこともあるだろう?」

先生はそう言って、ぼくの頭を小突いた。

 水は辛い。波乗りは簡単じゃない。ボードに腹ばいになり、足を曲げてバタバタさせる。足の下にあるのは、波じゃなく、海の底だ。イカやフグが泳いでいる。クラゲだっているかもしれない。これはプレステのゲームじゃない。ぼくは、クラゲに刺されて死んだ人を知っていた。日焼けした、明るい人だった。

「そんなんじゃ、だめだぞ!」

 向こうで大波をくぐるのは、先生だ。波が、先生に向かって押し寄せる。その波を、先生は捕まえて乗る。上手に滑る。

「むりだよ!」

ぼくは叫ぶ。

「ねえ、教えてよ。どうやったら、上手く滑れる?」
「何度も言ってるだろう? ゲームと同じだ!」

海から上がると、先生はそう言って、水浸しのぼくを笑うのだ。

「ちゃんと乗れたら、ダブルのアイスをおごってやるから」
「……いちご味?」
「もちろん」

 ぼくは水平線を見つめる。それから、もう一度ボードに腹ばいになる。足をバタバタさせる。わからなかった問題を頭の中で回しながら。

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