海貝文

短い小説を書いています。monogataryに出没します。

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最近の記事

悪魔のささやき、天使のかかし

 天使はかかしだった。都会という麦畑のあぜ道を見下ろしている、白い服着たかかしだった。シンプルな丸顔に可愛らしい目。物干し竿みたいに手を伸ばしているけれど、まるで人間の子みたいに麦わら帽子をかぶっていた。服は白のTシャツで、大きすぎて袖がだぶだぶしていた。  表参道は、おしゃれなとこだと人は言う。けれども天使は、そう思えなかった。道端には空き缶やペットボトルが散らばっていた。人が多すぎて、なんだか変な匂いがする。昔の団地は消えてしまったし、春の小川は地面に埋められてしまった

    • スズメバチの異人街

       紅葉通りは異人街だ。赤黒黄色と鮮やかで、落ち葉のお土産売っている。僕は上着を一枚羽織って、あつあつの肉まんじゅうでも買いに出かけた。肉まんじゅうは、一箇百円ぐらいだ。懐が淋しかったけれど、それでも食べようと決めた。食べないと、頭が変になってしまいそうだったからだ。あんまり寒いし、おでこがあんまり熱いからだった。  駅前通りを横道に入れば、緑道が広がる。僕はポケットに両手を突っ込んで、木枯らしに吹かれながら歩いた。曇りの空が真っ白で、目の底がチカチカした。それでも、紅葉はい

      • 学術戦線異常なし

         机目当てに買ったポテトフライは、とっくの昔にクタクタになっていた。脂ぎった机の上には、手汗でベタついたMacBookと大量のレポート用紙、書き散らした付箋紙と、疲れて机に突っ伏した友人が乗っかっていた。深夜のバーガーキングはお客も少なく、いつまでも机に残っていたのは、わたしたちだけだった。 「……お客様。当店は、そろそろ閉店のお時間なのですが」 店員の呼びかけで、わたしはハッと意識を取り戻した。 「ああ、すみません」 「今、片付けます!」  わたしは急いで机を片付け

        • 夕型 第二楽章

          「あと二時間半」 それが、残された時間だった。火が沈むのは七時。今は四時半。長いようで短い秋の一日が、そろそろ終わろうとしていた。 「本当に、火が沈むの?」 「そう。この星の火が、一斉にさよならするの。本当は秘密だけれど、あなたには教える。昔の人は、さよならするのがとてもつらかった。だから、生き物がいっぱい暮らせるようにって、おまじないをしたの」 「おまじない?」 「夜になっても、灯りをともせるように」  火の子は、赤々とした髪を秋風に乱れさせた。そして、いつもやるよう

        悪魔のささやき、天使のかかし

          曲がり角の砂浜

           バス停が海になった。三鷹へのバスに乗るために、いつもの住宅街を歩いて曲がり角を曲がったところだった。 「ここも、海になってしまった」  わたしは諦めて、学校へ「休みます」という電話をした。バス停が海になってしまっては仕方がない。海底から噴き出す砂は、早くも砂浜を造って波打っていたし、バス停だった残骸は、フジツボの群生する沈没船みたいで、波に合わせて上下していた。 わたしはバス停だった砂山の頂きにのぼってみた。 「わあ」と思わず声が出た。 海は見渡すかぎり広がり、空

          曲がり角の砂浜

          親近感の九十九神

           薄曇りの日だった。べったりしつつもそろそろ肌寒くなってきた秋の風が、昔の運河跡を彩る緑道を揺らして、都営団地の灰色の壁を湿らした。どこにいく気も起こらないのに、どこか知らないところへ行きたいような気もして、でもやっぱりお金もないから近所でいいかな、なんてぐるぐると考えていた。洗濯物たちはベランダで揺れていたし、空は頭の奥がつーんとするぐらい白かった。  ガラス窓に足の裏をくっつけると、ひんやりして気持ちい。ぼくは、間違えて買った大きすぎるTシャツのままで、ぼんやりフローリ

          親近感の九十九神

          紫の空とバスの家

           吉祥寺の友達が生き残っていると聞いたので、久々に会いにいくことにした。リュックに三日分の着替えと水と食べ物を入れて、デパートの跡から見つけた麦わら帽子をかぶって、昔のフランス兵みたいにライフルを担いだら、旅の準備は完了だ。  野原に日が昇った。朝のスッキリした空気はどこかへ行ってしまい、ジリジリした日差しが額をはたいた。もわっとした草いきれの中を歩いて、桐の木陰に辿り着くと、わたしはうーんと伸びをした。肩のライフル銃と、途中で仕留めたうさぎを下ろして、ペットボトルに汲んだ

          紫の空とバスの家

          星火はメトロに咲いている

           眠れなかった。たぶん、急に涼しくなってしまったからだろう。網戸から入ってくる風はさっぱりしていて、お風呂上がりでほてった身体に心地よかった。天井は薄墨色。スマートフォンは、四角い白。都会の灯りがずっと遠くの空を照らして、星は、ひとつも見えない。わたしの目はすっかり開いてしまって、閉じる気がないようだった。  コツンと小石が窓にぶつかる音がした。なんだろうとベッドから起き上がり、網戸をガラッと開け、窓を見下ろした。 「やっほー」 ぽっかり白い畑道に、ムツキが立っていた。

          星火はメトロに咲いている

          華麗なるミスタードーナツ

           朝起きるのが苦手だ。土曜日は特にそうだ。秋雨けぶる休みの日、わたしはじっとりした布団から、ガラスにくっつく水滴を眺めて横になっていた。白い雲のせいで、頭がつーんとなるまで。時計はすっかりお昼である。  起きるのが苦手というのは、目を覚ますのが苦手ということではない。布団から起き上がるのが、苦手なのだ。夢の名残りのような不確かな足取りで洗面所まで歩いて、冷たい水で顔を洗う。わたしは、こうやって無理やり体の電源を入れる必要がある。  姿見の中の自分は、なんともぼやっとした姿

          華麗なるミスタードーナツ

          金平糖は星の味

           ナオミが星を拾った。夜中に落ちてきて、金魚鉢の中でパチパチ光っていたという。小瓶の中には、小指のつめぐらいの大きさの星が入っていた。コルクのふたを取り出して、机にザザーっとあけた。数えると、十粒あった。うす緑色、もも色、こがね色。こんぺいとうみたいに手足がいっぱい生えていて、ワーイワーイと手を振っているようだった。 「さわってみる?」 「いいの?」  もも色の星を一粒つまんだ。炭酸が弾けるみたいにぱちぱちっと音を立てて、手のひらをコロコロ転がった。 「かわいい」 「で

          金平糖は星の味

          二十三時の都会人

           23時のドーナツ店が、ぼくは好きだ。人もまばらになった地下通りのドーナツ店だったら、もっと好きだ。地上のざわざわしたネオンサインや、ギラギラ目玉のヘッドライトから遠く離れて、店の奥に座っていると、まるでここだけ近未来なんじゃないかという気がするのだ。  ぼくは都会人ふうにオールドファッションを頼んで、おかわり自由のコーヒーを流し込む。80年代の英語の唄をきいて、めんどうくさい数学の問題をこねくりまわして、それに飽きたら赤いマグカップをスケッチする。23時のドーナツ店は、ぼ

          二十三時の都会人

          電気生まれの女の子

          汽車の来ない駅で待っていたのは、電気の子でした。 薄藍色の待合室で、黄色いマフラーをそっと休ませていました。 鳩時計が、ポッポと鳴きました。 「首都への汽車は、いつ来るの?」 彼女は僕に、そう問いかけました。 青白い火花が、ひとみの中で散っていました。 「……知らない。僕がここに来てから、汽車なんて来たことないから」 「でもあなたは、この駅に住んでるんでしょう?」 「うん。いつからか、もう忘れたけれどね」 「じゃあ、切符を作ってくださらない? 駅員さん」 白い息が、ふ

          電気生まれの女の子

          ガラクタ航海記

           暑いと思って目を覚ますと、窓辺の机に見知らぬ人影が座っていた。目だけ白く浮かび上がっていて、銀色のバッヂが光る制帽と肩掛けカバンを下げていた。夜色のシルエットは、ほおづえついたまま「どうしたものか」といわんばかりに首をかしげた。 「誰?」 と、わたしが尋ねると、彼女は答えた。 「やや、夜分遅く、まことに失礼いたしました。わたくしは、子ノ刻市中央郵便局の配達をしている者です。ご迷惑をおかけするつもりは、さらさらなかったのでありますが、なにぶん船が壊れてしまいましてね。港

          ガラクタ航海記

          東京クリームソーダ物語

           テストの点が良かったからと、学校から『クリームソーダ券』をもらった。好きなお店にいって、クリームソーダを一つ頼めるのだという。切符みたいな分厚い紙に、ぼこぼこした活字で『クリームソーダ 一点』と書いてあった。 「いいなあ。あたしも欲しい」  ナノカがうらやましそうに言った。ナノカは数学と国語が得意で、クラスの中でもかなり上位の成績だった。だから、このチケットはもらえるはずなのだけれど……。 「あたしは『モナカ券』だったから、なんか微妙でさ。まあでも、ありがたく使わせて

          東京クリームソーダ物語

          電球志願者

           歪んだガラス越しにお菊さんを見ていたのは、一人の学者でありました。ちょうど新しい電球の試験をしているところで、フィラメントがジジジジと音を立てながら光りました。お菊さんはその明かりに照らされて、初めてあの学者が女の人であったことを知りました。 「電球志願者というのは、あなたのことですか」  クリップボードを持った秘書が、お菊さんの髪をそっと撫でました。くすぐったいような、懐かしいような、妙な気分です。 「あなたのような可愛らしいお嬢さんが電球になられるなんて、なんだか

          電球志願者

          木星の恋人

           口づけが甘かったのは、相手が木星人だったからでしょうか。それとも彼女が、ずっとそれを待ちわびていたからでしょうか。 「あなたは不思議だ。夜の光の味がする」 「それは、私が電気の下で育ったからでしょうか」 「わからない。それは僕たち木星人がまだ未発見なんだ」  木星人は彼女の唇を放しません。でも彼女にはそれが気持ちよくて仕方ありませんでしたので、このままでいたかったのです。けれど彼女は木星人の背後に広がる星雲や星々を見たいと思いましたので、彼の背中を軽く叩きました。木星人

          木星の恋人