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【掌編小説】森のくまさん的 峠の逃亡劇

私は車で一人旅をすることが好きです。
仕事に疲れた時、目的地も決めずにふらっと気の向くままに走って、行った先々で、ちょっとおいしいものを食べたりとか、ちょっときれいな景色見つけたりとか、些細な“いいこと”を見つけてほんわか楽しむ。
そんなリフレッシュを時々しています。

冬から春に変わるくらいの季節だったでしょうか。
できたばかりの整備の行き届いた道。
ロードサイドに花壇もあって、少し早めに開花した花たちが目に鮮やかで、とても気分よく走っていました。

しばらく走ると道の駅、ちょっとした緑地付きのきれいなところです。
ちょうどいい、今日はここにしようと立ち寄ってご機嫌で昼食。

なぜだかオススメのネギトロ丼を堪能して、レストランを出て、車へ向かって歩いていると、ふと爽やかな風を感じて、それが何とも心地よく、併設してあるドッグランの手前にあるベンチを見つけてちょっと休憩することにしました。

嬉々として遊び周る子供たちと犬。
それを穏やかな目で見守る親たち。
満腹になったのもあって睡魔が襲ってきます。
この道を降りたら夜はどこに泊まろうかな。
グイっと伸びをして目を閉じます。

……と、ふと気が付くと周りがちょっと薄暗い。
ドッグランで遊んでいた犬や子供たちもほとんどおらず、時計を見ると夕方ちょっと前くらい。まだ日は高いけど、空は厚めの雲で覆われて、辺りはほの暗くなってきていました。

見事にうたた寝してしまったようです。
昼過ぎから3時間くらい経っていたでしょうか。
時間の経過に驚いてキョロキョロしていると一人の女性が話しかけてきました。
しなやかな黒髪と切れ長の目が印象的なきれいな人でしたが、少し何かを思いつめた雰囲気の静かな迫力を感じ少したじろいでしまいました。
 
「大丈夫ですか?少し慌てていらっしゃいましたけど」
見かねて声をかけてくれました。
うたた寝からの寝起きの一連の自分の慌てぶりを見られていた恥ずかしさもあって、つい、
「あ、ごめんなさい!すみません、ちょっとうたた寝してしまいまして…」
なんて思わず謝ってしましました。

すると女性が少し驚いたような顔をして
「ここら辺の人じゃないですよね?」
と尋ねてきます。

不思議に思いながらも
「はい、旅行中でして」と答えると、

女性はあまり表情を変えず
「そうですよね。脅かすわけではないんですが、ここの峠、ちょっと伝説があって。」
と、話し始めました。

昔、一組の恋人同士がこのあたりに住んでいました。
とても仲が良かったが、彼氏の女グセが悪く、彼女はいつも泣かされていました。
ある時、このあたりの有力者の娘に手を出してしまい、妊娠までさせてしまった彼氏は、その娘の親に強く迫られ、その娘と結婚をしなければならなくなってしまいました。

その話を彼女に打ち明けると、彼女は深く悲しんで泣き崩れ、峠の中腹にある崖から身を投げてしまいました。
それを見た彼氏は罪悪感に苛まれ、彼女の飛び降りた崖の上でいつまでもいつまでも謝り続けました。

それ以来、この峠を通りかかった車に乗っていた人たちの間で、男性が“謝る”と、その人の乗っていた車は峠を越えるまでの間に事故をしてしまうようになりました。

「謝るくらいなら、浮気しなきゃいいのにね」
女性は、そこまで話し終えると、遠い目をしながら小さく笑いました。

「あ、すいませ…あ!ありがとうございました!それじゃ!」
都市伝説もさることながら、最後の女性の目に面食らってしまい、私はそそくさと車へ戻り、とっとと車を出発させました。

やや飛ばし気味で峠を下っていましたが、間の悪いことにどんどん天気が悪くなってきます。
暗くなったなー、やだなーと思ってたら、バックミラーに白い影が。
白い乗用車が一台、走ってきています。
わりとスピードを出してきていたので、後続車がいることにちょっと驚きました。

それから3つほどカーブを超えたところで、車間が詰まり、後ろの車とかなり近づいた時に運転席が見えました。
ハンドルを握っているのは女性。
あの道の駅の女性でした。
ミラー越しではあるものの、なんだかこちらを見ているような気がします。

急に怖くなって、強めにアクセルを踏み込んで引き離しにかかりました。
ふだん、車の一人旅で走りまくっている私は、実は運転には少しばかり自信があります。
カーブでアクセルワークを見せつけ、少しずつ引き離し、やがて峠を下りきるころには白い車は見えなくなっていました。

ミラーを確認して、誰も付いてきていないことを確認するとホッと一息。
何をこんなことでビビってるんだ。
気が抜けて、安心したところで、用を足そうと、ふもとのコンビニに車を停めトイレへ入りました。

ちょっと昼寝で時間使っちゃったし、夜寝るところ考えてないなぁ、などと気持ちを切り替えつつ、トイレから出たところで、再び戦慄が走ります。
例の白い車が、コンビニの駐車場の、私の車の横に停まっていたからです。

焦るな。
ここはコンビニだ。
周りに人もいる。
まだ夜という時間でもないし、実際に車がそこにある。
少なくとも、幽霊だとかその類の相手ではないはず。

そう思って、私は対決を決意しました。

コンビニから出た私は、車から降りて、こちらへ歩いて来ようとする彼女へ
「なんですか?」
毅然として話しかけます。

「やっと追いつきましたよ」
女性は優しく微笑みながらそう言うと、右手を差し出してきます。

彼女の手には見慣れたスマートフォンが。

「スマホ、忘れてますよ」

…とても、いい人でした。

「どうもありがとうございます。引き離してすみません…あ」
スマホを受け取りながらまた謝ってしまい、さっきの伝説を思い出してまたちょっと取り乱します。

それを聞いて、女性はクスッと笑い
「こちらこそ…ごめんなさい、あたしがあんな話したから怖がらせてしまったですよね」

ホントにビビってました。
でも、ビビったのは、都市伝説の話、あなたが本人なんじゃないかって思ったからなんです。
そんなこと言えませんが。

「あ、いや、そうなんです…。あ、何かお礼しなきゃ!」
取り繕うようにコンビニの中へ。
彼女も一緒に入ってきました。

コンビニなのでお礼に適したものも売ってないんですが、この場合は飲み物とか、お菓子とか、そんなものでしょうか。
「こちらが脅かしちゃったのでお礼なんていらないんですけどね」と言いながら、彼女はおもむろにお菓子棚からマドレーヌを手に取って明るい笑顔で

「じゃ、これ買ってください」と。

後で聞いたら、そんな都市伝説ないそうです。
ただ彼女が、彼氏に裏切られたって話は本当らしく、わけもわからず謝り続ける私の姿に、その時の彼氏の姿が重なって見えて、そんな作り話をしてしまったとのこと。

そもそもこの道できたばっかりだったので、そんな昔ばなし無いのなんて冷静になればすぐわかるんですけどね。
思い出してみると、別の童謡が思い浮かびました。

花咲く森の道で、
出会った人から必死に逃げたけど、その人がいい人で、
お礼に貝殻を渡すという

「森のくまさん」


※マドレーヌとは、フランス発祥の焼き菓子のひとつで、日本でも定番の焼き菓子であり、貝殻型の焼き型の上に生地を載せて焼くことが多い。

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