note連続小説『むかしむかしの宇宙人」第15話
バシャリがこの家に居着いてから一週間が経った。
目立った変化といえば、わたしの生活が大幅に楽になったことだろう。今までわたしがやっていた家事を、バシャリがすべて引き受けてくれたのだ。
家事が趣味だ、と言っていたが、その言葉どおりバシャリの手際は見事なものだった。
「家事というのは、どんな惑星でも共通する規則性があるのですよ。その規則性を掴めば、どの星の家事も似たようなものです」
バシャリは誇らしげに語った。
多忙な毎日から解放されたにもかかわらず、わたしは居心地の悪さを感じていた。
これまでの人生で暇がある時など一切なかった。子供のころから常に家の手伝いをしていたし、両親が共働きだったから、健吉の子守りもわたしの役割だった。
そしてお母さんが亡くなってからは、すべての家事をわたしが請け負ってきた。だから自分の時間があるこの状況は手もちぶさたで落ちつかない。
そこで数日前、わたしはこう申し出た。
「あの……家事をしてくれるのはありがたいんだけど、明日からはわたしがやることにするわ」
「どうしてですか? 幸子は私の家事が気に入らないのですか」
「そういうわけじゃないのよ。そういうわけじゃないんだけど……」
バシャリは怪訝な表情を浮かべていたが、やがて何か閃いたのか、にやりとわらった。
「わかりました。幸子も家事をやりたいんですね。
家事など面白くないと言っていましたが、あれは嘘なんですね」
見当違いもはなはだしい、とその間違いを正そうとしたが、バシャリはそれを制し、
「幸子、ご安心ください。たしかに幸子から家事の喜びをうばうことは忍びありません。
アナパシタリ星人は強欲だ、
という評判が銀河中で広がるのも不本意です。地球は辺境の星とはいえ、噂とは伝播するものですからね。
いいでしょう。私と幸子、家事を半分ずつにわけ合いましょう」
と、勝手に結論を出した。誤解を解くのも面倒だったので、その条件で同意した。
いつものせわしない日常が戻ってきて、わたしは胸をなでおろした。
健吉を起こすと、二人で朝食ができるのを待った。ふと、茶だんすに載った封筒に目が留まる。
隅に、お父さんの会社の社名が入った判子が押されている。気がめいるのがわかったけれど、念のために中を確認した。
いつもと同じく数枚のお札が入っていた。
この封筒には、お父さんが家に入れる生活費が入っている。お父さんの収入からすると明らかに少ない。
だから、わたしの給料でほとんどの生活費をまかなっている。
どうしてもっとお金を入れてくれないの!
その不満が、喉元までこみ上げる。でも、声に出すことはできなかった。
嫌な気持ちをふりはらい、朝食を口にした。
今朝はご飯、味噌汁、冷ややっこ、ほうれん草のごまびたし、切り干し大根だ。相変わらず見事な腕前だ、と舌をまいた。
日に日に料理の腕が上達している。
食事を終えるとわたしは皿洗いをはじめた。日曜日の今日は仕事が休みなので、いつもより時間に余裕がある。
廊下からバシャリと健吉の騒ぎ声が聞こえた。
「すごい。奇妙な髪形の少年が出現しましたよ!」
バシャリの叫ぶ声があまりにうるさいので、手を拭きながら廊下を覗き込んだ。
「何を騒いでるの?」
「幸子、見てください。健吉が、髪形が二カ所鋭角な少年を見事に描き上げましたよ」
バシャリが帳面を見せた。少年誌で連載している人気漫画のロボット少年が描かれている。
大きな瞳に、光沢のある一風変わった髪型、ジェットエンジンがついた足。特徴がよくとらえられていて、五歳児とは思えないほど見事な出来だ。
「よく描けてるわ。本当に健吉は絵が上手ね」
「……これが絵というものですか」
興味をひかれたのか、バシャリは目を凝らした。
「あなた、絵も知らないの?」
「ええ、言葉も絵も自分の意思を伝えるための古い手段ですので、私の星ではとうの昔に消滅しました。
ですが地球人は絵を記号としてではなく、芸術としてとらえるそうですね。
たしかにそれも納得ですよ。この髪形が二カ所鋭角な少年には、人の心を高揚させる何かが秘められています」
いつもながらの妙な感想が述べられる。健吉はバシャリにねだられて次々と絵を描いた。
そのたびにバシャリは絶賛の言葉を浴びせ、最後に腕を組んだ。
「うーむ、健吉、今度一緒に街に出て、人々の似顔絵や、あられもない姿を描いて金銭を得ましょう」
「そんな馬鹿なことに健吉を巻き込まないで」
わたしはぴしゃりと言った。
「そうですか……残念です。贈答品としては最適だと思ったのですが」
バシャリはがっかりしたように言った。
この人の相手をすると本当に疲れる。呆れながら台所に戻ろうとしたところを、バシャリに呼び止められた。
「そうだ。幸子、行きたいところがあるのですが、連れて行ってもらえないでしょうか?」
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