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「かんう」武村賢親

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琳琅 創刊号より、「かんう」です。  3人の視点が入れ替わり立ち替わりし、お互いの状況をまったくの別角度から、それぞれの背景をもとに物語を推し進めて行きます。
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#ターンテーブル

琳琅 創刊号より、「かんう」武村賢親

琳琅 創刊号より、「かんう」武村賢親

小羽千尋の視点3

 並々とビールが注がれたジョッキを片手に、乾杯の音頭をとる。きん、と澄んだ音が響くと、縁のギリギリに留まっていた白くきめの細かい泡が揺れて、わたしの親指に滴った。泡に上唇をつっこみ、ごく、ごく、と喉を鳴らしながら嚥下する。詰めていた息を勢いよく吐き出すと、ホップの香りが口内に広がってはればれとした気分になった。トッキーがわたしの顔を見て自分の鼻を指さしている。拭ってみると白い泡

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琳琅 創刊号より、「かんう」武村賢親

琳琅 創刊号より、「かんう」武村賢親

鴇田重喜の視点3

 もぞもぞと身体を動かしながら僕の太ももに頭を乗せて胎児のように丸くなった小羽は、僕が何か言おうとする前に細い寝息を立て始めた。柔らかい手触りの髪が流れて、小羽のいつまでもあどけなさが抜けきらない目元を隠す。

「井塚さん、コートを」

 取ってください、という言葉を待たずに立ち上がった井塚さんは彼女のコートをハンガーから外して手渡してくれた。そのまま部屋の引き戸を開けて靴を履

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琳琅 創刊号より、「かんう」武村賢親

琳琅 創刊号より、「かんう」武村賢親

井塚義明の視点3

 佐久間の営む日本料理の居酒屋には喫煙席がない。カウンター席に座る客の正面で料理をする手前、食材に匂いがつくといけないと言って、自分は超のつく愛煙家のくせに店の中では絶対に煙草を吹かさなかった。そのかわり、店の裏手を通る細い路地には逆さにしたビール瓶のケースと円柱型の吸殻入れを並べただけの小さな喫煙場が設けてあり、どうしても吸いたいという客にはそのスペースを提供している。オレン

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