心配性だからこそよく動く
私は自他ともに認める心配性です。
何かを決める時、動く時にはとにかく最悪の状況を想定して動きます。
正直私の心配は、自分でも妄想の域に入っていると自覚はしているのですが、そうする事で「何かが起こった時」の自分に対する後悔の減少、「用意していれば」「準備していれば」「考えていれば」という気持ちを減らすための私なりの処世術の一つです。
最悪の状況を考えそれに備えている事で、もしそうならなかったらラッキー、なっても準備している!となれると思うからです。
今日は長年の友人とランチに出かけました。
そこで話題になったのは「最近のバンクーバーの治安」
残念なことに、最近は怖い事件や物騒な話を聞くことが増えました。
それは色々な理由や事柄が重なり合っての現状なので、何が原因とは言えないのですが、それでも比較的安全圏の地域、時間、仕事な私の周りですらそのような話がよく耳に入るようになりました。
もちろん以前からそのような話は度々あったのですが、ただ頻度は格段に増えたと感じています。
その話になった時に、私はこの現状で私が出来ることは何だろうと考えました。
私の行動でバンクーバーの安全を変える事など出来ません。
そして私の活動時間や範囲は比較的安全とされる時間と場所なので、一層夜などの外出を控えることくらいでしょうか。(もともと夜は基本家にいますが)
あとはそれらの話を聞く地域には出来る限り近づかない、というのもありますが、正直以前とは違い本当に色々な場所で起こっているので、これはなかなか難しいです。
もしくは移動手段を変える。
現在私は駅近くに住んでいますし、バスや電車の移動で全く不便はないのですが、それらの乗り物の中で起こっている事件も少なくない事を考えると、車の購入も頭に浮かびました。
ただ「交通手段」としてではなく「安全面」というある意味保険のような理由で車を購入する、というのはかなりハードルが高いのが正直なところ。
一応念の為に、免許の変更くらいはしておこうかと準備中です。
あとは思い切っての引っ越し。
バンクーバーではなく、島、もしくは隣の州、日本への帰国、いっそのこと他の国への移住。
選択肢は色々です。
そのような話をしていた時に、友人から「そんなに心配して考えていたら何も出来なくない?」と言われました。
友人の言葉にも一理あります。
心配をするあまり、自分の行動範囲、時間を狭めているのであれば確かにそうです。
「やりたいのに心配だから出来ない」というのであれば、その通りだと思います。
ただ、私の場合逆にこの状況を色々と動く機会と捉えています。
何もなければ、今のまま過ごしていく。
でも何か心配事、不安な事、不便な事が出来た時に、それをどうすれば解消する事が出来るのか、どうすれば心配や不安を減らすことが出来るのか、実際に何かがあったとしても「しておけばよかった」という後悔を減らすことが出来るのか、と動くわけです。
免許の変更だって、運転が苦手な私はカナダで車の運転をしようとは全く思っていませんでした。
他の地域や国、日本への帰国だって考えていなかったし、考えていなかったからそれらを調べたり、そうする為には、そこで生活をする為にはどうすればいいのかと行動する事もありませんでした。
友人は何か心配や不安があっても「なるようになる」と気にせず過ごすようで、私は純粋にそんな彼女を尊敬しています。
ただ私は最終的にそこに行きついたとしても、そこへ達するためのプロセスが必要なんです。
「心配だから動か(け)ない」ではなく「心配だから動く」
皆さんの心配や不安解消の方法はなんでしょうか?
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?