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氷点下32度の私たちは|#0 北緯43度からの孤独




夜中2時ごろ、けたたましいサイレンの音が壁をつんざいた。


『全員階段で1階まで降りて!急いで!』

11階のRA(レジデント・アシスタント)が廊下で叫んでいる。部屋のドア下にはなかなか広い隙間が空いているから、外の騒ぎがすぐ伝わってきた。



火事か?


私はコートを羽織ってスマホを手に取り、すぐに廊下に出る。

ちょうど出てきた隣の部屋のフロアメイトが『よくあるんだよ』と教えてくれた。

何が「よくある」んだろうと思ったが、どうせ原因は後々分かるだろうと思って人混みの流れに身を任せた。留学生としてカナダここに来てから、トラブル続きだ。



皆、部屋着のまま非常階段を使い11階から地上階へ降りていく。

長い階段の横はガラス張りで、はるか上から降ってくる雪がそのまま下へ落ちていくのが見えた。

肉眼ではっきりと見える結晶は、深い闇から忽然と現れて白いもやに吸い込まれていく。




非常口から寮の外に出ると、前庭は大勢の生徒で溢れかえっている。

氷点下の中、スリッパに短パンで出てきた能天気もいて、建物が燃えている様子もないし、ひとまず皆安心していた。


数分後、吹雪の中から大きな消防車が、1台、2台、3台...。

そのあと、パトカーの赤色灯も近づいてきた。
思ったより、大事おおごとなのかもしれないと不安になる。

非常口付近の職員が、無線で話しているのが聞こえた。



"遺体が見つかった"


中国人の留学生が、自室で命を絶っていた。


彼か彼女かは分からないけれど、6階の生徒だ。

この地で初めて身近に感じた、失われた命。

これが、「よくある」ことらしい。



寮は数時間封鎖され、私たちは凍てつく寒さの中で待ち続けた。

部屋の洗浄と調査が必要で、同フロアの生徒たちは数週間部屋に戻れず、それぞれ友人や知り合いの部屋へ一時的に移った。




北緯43度から緯度が上がるにつれて、うつ病の有病率というのは上昇していくらしい。




いくら待ち続けても、太陽は出てこない。

真っ暗闇の中、パトカーと消防車の煌々とした光がぐるぐる回って、孤独と不安の波がそこらじゅうに広がっていった。





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