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光の飛沫

娘のバレーの試合を見に行った。
なんやろねー、女の子のたまらん可愛さって( ♥︎ᴗ♥︎ )
何人も集まると、みんなコネコネしたくなるというか。(なんじゃそれ)

上の2人は息子。
女の子には息子にはない華やかさがある。その分、泣いたら「地獄に落としたのはわたし?」という罪悪感さえ抱かせる涙の威力も持ち合わせているw
のだが、可愛くてしかたない。

男性が女の涙に弱い理由が、娘によって理解できたのである。
できるなら笑顔でいてほしいというエゴをめちゃくちゃ感じているし、そのための努力もしているとは思う(男か!)

長男の彼女ちゃんも、また可愛いのだ。
遊びにきたら、まず顔がほころぶ。これは長男では起こらないのに。
泣かすようなことをしたら、本当に本当に長男をしばきたいとすら思う。
もし長男が、泣かされるようなことがあるとしたら、それは「お前の器が小さいからだ!成長しろ!」と言いたくなるだろう。

どっちの味方やねん!と長男には何度も言われたことがあるが、それはもう「正義の味方」としか言えない。

デカい男と可愛い女。正義は正しく「可愛い」に向かうのであるw

でも、なんだろうねぇ、この女の子への愛は。

なんだかんだ言っても、男性は女性なくては生きてはいけないものだと、持論だが思っている。
女性が側にいない男性の心って、こんなにもさもしくなっていくんだなぁと感じること、、、しばしば。

これは奥さんがいても、だ。
心の繋がりのなさは、なんか背中に滲み出ている。

なんやろねぇ、、、
あの光の当たっていない男性というか、、、心がモヤシのような男性っているというか。(もう、ほんと 言い方悪くてごめんなさい。でもほんとにそう見えちゃうの)

45年以上生きていたら、そんなことが背景に見えるようにもなる。見たいと思っていないのだが。

逆に、心に寄り添う女性のいる男性のドッシリとしたあの構えというか、軸というか、根を張った生き物の強さというか。
同じヤンチャなところも、微笑ましさが全然違う。
自信、なんだろうねぇ

そんなところが見えちゃうから
改めて女性の大きさを感じる。

わたしが思う女の子へのたまらない愛しさは、そのあたりの光の飛沫じゃないかと思う。だから大切に大切にしたいのだ。

今日はキャッキャッ♡な女の子たちに癒された♡
欲を言えば、みんなの頬をくるくるこねこね触りたいくらいだったけど、妄想でとめました。
何故なら、そこまで親しくやるには まだ日が浅いと感じたから(いつかはやる)。

その日を楽しみにして、これからもバレーの試合に足を運ぼう。(応援ちゃうやん!)



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