バレても人生は終わらないけれど。#30
鼻栓をしている。どこにといえば、鼻にだ。
ティッシュを丸めて片方の穴に詰める。ひどいときは両方に詰める。
噂話もしたくないが、この時期、陽が暖かくなるにつれて「花粉症」がやってくる。すっかり治ったのだとばかり思っていたのだが、それはどうやら思い違いだったようだ。成りを潜めていただけで、彼らはまたやってきた。
今年は来てもいいよ、とは一言も伝えていないのだけれど。
花粉症患者は外へ出るのも億劫だ。
陽気な気候に誘われて一旦外に出てみたら、とても痛い目を見る。
マスクと鼻炎薬は欠かせない。幸いなことに今年はまだ「鼻」だけなので症状は軽い。既に花粉対策に透明なサングラスを掛けている人を見かけたが、正直、あの戦隊ヒーローのような見た目になってしまうサングラスを付けたいとは思わない……。しかし当の本人は、あのサングラスが無ければ生活もままならないのだから、本当に気の毒だ。
しかもこんなご時世なので、マスクをかけるのも必須だ。
透明のサングラス+マスクなんてもはや花粉対策レンジャーだ。
普通の黒いサングラスのようなデザインをしたグッズもあるらしいが、結局マスクもしなくてはならないのでエセ有名人の変装姿と化してしまう。
自分がもし、そこまでの対策をしなくてはならない症状に陥ってしまった時のことを考えると寒気がする。本人は辛いのに、傍から見ると怪しさ全開なのだから笑える状況ではない。
そう思うと、僕がやっている両穴鼻栓など、まだ楽し気に見えるのだから救いがあるのかもしれない。いや、人目につくところではしないけど。
しかし外へ出たいのに、鼻水が止まらない時などはどうしても鼻栓をして出かけなければならない。今日の僕がそうだった。
お腹が空いたので何か食べようと思ったのだけれど、あいにく家にはカップ麺の一つすら転がっておらず、意を決して鼻栓をしながら買い物へ出かけた。もちろんマスクで顔を覆っているので、誰にもわからない。
僕は澄ました顔で道を歩く。鼻栓をしながら。
街路樹の枝に芽がつき始めているのを見て、春の訪れを感じる。
暖かな日向はどんな境遇の人にも平等な優しさで降り注ぐ。忙しそうに歩くサラリーマンにも、仲睦まじく歩く老夫婦にも、半袖姿で駆けていく少年たちにも、夢を追う青年にも、両穴に鼻栓をする僕にも。
スーパーに入ってお惣菜と水を手に取り、レジへ向かう。
レジにはよく話しかけてくれる愛想の良い店員さんがいた。僕は戦慄する。頼むから今日は声を掛けないでくれと、ここで一生のお願いを使う。
商品をバーコードで読み取る、そのまま袋に詰めてくれる、お箸の案内をされる、ポイントカードはいつも使わないので聞かれない、業務的な工程はもう無い、後は「ありがとうございました」と言い見送ってくれるだけだ。
が、あることを忘れていた。最近このスーパーが”Suica”を使えるようになったので、いつものように現金を持って来ていないことを。
「…………ス、スゥィカデ↑」
自分は人前で鼻をすすらないというモラルは護り抜いた。
しかし明らかに、鼻に何か詰まった奴の高い声色はしっかり出た。
▼前回の日記です。
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