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短編 | 四畳半の食卓

借家の和室四畳半の居間の小さなちゃぶ台で家族は夕飯を食べていた。ご飯に味噌汁、漬物、惣菜のコロッケでもあれば、まだましな方だ。粗末な食事しか与えられたことがない桜子は、他所よその食卓にハンバーグやスパゲティがでてくることを知るはずもない。

昼間は母親の克子に手を繋がれ住宅街を歩き回り、玄関チャイムを鳴らせば家主はでてくるが、無愛想な女に乱暴な言葉をぶつけられ、少しだけ開いた玄関ドアは乱暴に閉められる。
薄いが何十もある冊子を手提げの紙袋に入れ今回は手渡せるか、渡せずにポストへ入れるか、そんなことを何軒も繰り返して一日が終わる。

毎日、毎日、長時間歩き続けることは、五歳の桜子には無理があり夕方には足が棒になり歩けなくなる。

「ほんと!使えない子だね!」

 訪問先ではニコニコするよう克子から言いつけられている桜子は言われる通りにしているが、訪問先の家主に辛く当たられると、その回数に比例して桜子を叱咤しったするのだった。

 父親の四郎はいつも家にいる。ちゃぶ台に腕が張り付いてるのではないかと思うほど、一升瓶を抱え常にそこに座っている。

「飯はまだか!」

食事の支度をしている克子は、桜子へは叱咤するが、四郎に対しては楯突くことはなく無言を貫き通し、ちゃぶ台に皿を並べていくと四郎は克子が支度中でも待つことはなく、酒のつまみに、皿に乗っているものに手をつける。

桜子はどんなに腹が空いていても、克子が箸を持つまで待っている。以前、四郎と同じに箸を持ち食べ始めようとしたところ克子に手を叩かれたことがあるからだ。

克子が席につき、ようやく桜子も食事にありつけた。珍しく肉屋で買ってくれたコロッケに箸をつけたその時、何が原因かわらないうちに、四郎と克子の言い争いが始まり、その物凄い剣幕に桜子は震え上がった。

口論はエスカレートしていき、二人は立ち上がり、四郎は克子の髪の毛を掴み、痛いと言う間も与えず投げ飛ばした。

「何するのよ!!」

興奮した克子は台所へ向かい、さっきまな板の上でたくあんを切った包丁を握りこちらにやいばを向けた。目は血走っていてまるで鬼の形相だ。

桜子は恐怖で体が硬直し動くことができず、声もでず口をぱくぱくさせていた。

克子は四郎に刃を向けたまま、こちらに走り向かってくる。

「やめてぇ!!」

桜子は目を覚ました。
左頬は涙で濡れ、全身は筋肉痛のような疲労感があった。

目覚まし時計がジリジリと鳴っている。
桜子の左隣に寝ていた克子が目覚まし時計のベルを止めた。右隣の四郎はまだいびきをかいて寝ている。

桜子が部屋を見回すと、箪笥の横にはいつも克子が持ち歩いている手提げの紙袋がある。
隣の居間には一升瓶も見えた。

また一日が始まったことに、桜子は絶望に似たずっしり重い感覚に襲われるのだった。

(了)

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