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連作短編|揺られて(後編)❷|アキラ

知られてしまった。

麻里だけには知られずに、いつか必ず就職してプロポーズするつもりだった。取り返しのつかないことをしてしまったと後悔してももう遅い。

もっと麻里に伝えることはあったはずなのに、言い訳になってしまうと思うと言葉がでなくなってしまった。

あの時、なぜ正直に認めてしまったのか、しらを切ればそれで済んだかもしれないのに。

配送のアルバイトを辞めて何年になるか…

「アキラはかっこいいから、いい客つくぜ」

同僚からマッチングアプリを勧められ、興味本位でやってみて、しかしこれがよくないことだとわかっていても止められず、いつのまにか生活の一部になってしまっていた。

後腐れがなさそうな、できるだけ裕福そうな女性たちとつき合ってきた。たまに女子大生もいるけれど、彼女たちもパパ活で稼いだ金で男を買っている。ホストクラブで散財していた女子大生も主婦もいた。

最初は罪悪感でいっぱいだったマッチングアプリも、日が経つごとに楽に金が手に入ることに慣れきっていき、そのうち何とも感じなくなっていた。ママ活なんて言葉は反吐へどがでる。なのに自分はいったい何をやっているんだ。

言葉を失くした麻里からの電話を切ってからだいぶ日が経ったある日、その麻里から電話がかかってきた。

「今度の日曜日、お見合いをすることにしたわ」

「そうか…」

「うん」

沈黙が続いた。この前みたいに電話を切ってはいけない。もうこれが最後になるかもしれないんだ。どうしても麻里と向き合って話がしたい。なんとか会う約束をしなければと麻里にそれを伝えても、あのやさしい麻里が首を縦に振ることはなかった。見合いの意思は相当固いようだ。

麻里はあれから電話にもでない、LINEは消されてしまった。それでも麻里と話しをしなければと、日曜日の早朝から麻里の家の前で待っていた。家に押し掛ける勇気はなく、マンションから少し離れたコンビニの雑誌売り場から見張っていた。

マンションの入口から出てきた麻里は、見たことのない淡い花柄のワンピースを着ている。見合いへの本気さの表れだ。

こちらに気づくこともなく早歩きで駅へと向かう麻里の後をつけた。テレビの取材でも有名な駅前の人気パティシエの店へ入っていく。きっと手土産にあのロールケーキを買うのだ。誕生日や記念日に二人でよく食べた大好きなロールケーキを見合い相手と食べるのか。

店からでてきた麻里は時間がないのか、小走りで駅へ向かい、ちょうど到着した電車に乗り込んだ。隣の車両に乗り込み麻里を見張った。日曜日の電車は混雑していたので、気づかれずに追跡できそうだった。見失ってはいけないと、麻里だけを見つめる。潰れないようにケーキの紙袋を気にして立っている。

座席が空いても座らないのは、ケーキとワンピースの皺を気にしてのことなんだろうと思った。それだけ大事な日なんだな今日は。

何をやってるんだ自分は。とうとう駅の改札口をでてしまった。背中に視線を感じたのか、横断歩道の信号機が赤で立ち止まった麻里が振り返り、目が合ってしまった。

「な、なにやってるの?!」

「ごめん麻里、オレ⋯」

信号が青になり、麻里にぐいっと腕を捕まれ一緒に走り出した。人通りの少ない道を行くと公園があり、そこへ足を踏み入れると麻里は腕を乱暴に離した。

「どういうつもり!」

「謝りたくて⋯」

「もう遅いよ!帰って!」

くるりと背を向け走り去る麻里を追いかける。
追いつくのは簡単だが、一定距離を保ったまま近づけない。

麻里は怒った背中をこちらに向けたまま、振り返ることなく大きな家の門をくぐった。

後編❸へつづく


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