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有名人への気遣い

大学院に通っていたとき、授業を終えて校舎を出るとキャンパスに黒山の人だかりができていました。中心にいたのは数年前に自己推薦で入学した有名女優でした。入学してから授業にはほとんど出ていなかった彼女ですが、その日は珍しく登校したようで彼女を見つけて学生が集まっていたのです。すごい数の学生で、彼女が所属する学部の教員が彼女をガードしていました。高齢の教授でしたが何となく嬉しそう(!?)に見え、「大学教授でも?」と思った記憶があります。結局彼女は授業に出ることなく数分後にキャンパスを後にしました。

若い学生たちですから売れっ子の女優がいれば集まるのはわかります。でも人だかりを縫って次の教室に向かう私には違和感がありました。映画の撮影現場でもなければファンクラブのイベント会場でもなく、大学のキャンパスでのことだったからです。有名人であっても学生として登校したのであれば授業に出ることが本来の目的のはずです。もちろん本人にその意思があったかどうかはわかりませんが、もし授業を受けたかったのであれば不本意だったでしょう。

そのとき私の頭に前年の海外旅行のことが思い浮かびました。ニュージーランドに向かう飛行機の中でのことです。私はある有名人といっしょになりました。マルチタレントとして活躍する外国人男性です。テレビにもよく登場していましたのですぐに彼だとわかりました。若い女性と生まれて間もない赤ん坊といっしょで、3人は家族のようでした。

私の席はエコノミークラスの最後尾で窓側。彼らも最後尾でしたが中央の3列席でした。私は「売れっ子のタレントなのにビジネスじゃなくてエコノミー?」と最初は疑問に思いましたが、赤ちゃんを世話している様子を見て彼らがあえて最後尾の席を選んだのだと思いました。最後尾は客室乗務員のいる場所から近く、すぐに手助けを求められます。トイレも近いですし、トイレの前にはわずかですがスペースがあります。だから赤ん坊がぐずっても一時的に避難できます。現に赤ん坊がぐずるたびに彼と女性は赤ん坊を抱いてスペース部分に移動し、ミルクを与えたりおしめを取り換えたりしていました。

ニュージーランドまでは12時間以上かかります。赤ちゃんを連れての長時間の飛行は大変です。赤ちゃんはたびたびぐずっていましたが、そのたびに彼は甲斐甲斐しく世話をしていました。テレビで見る姿からは想像がつきませんでした。でもよいパパだという印象は受けました。

私は男性が「有名人」であることに気がつきましたが、そのことに言及することはあえてしませんでした。プライベートで旅行している彼には迷惑だと思ったからです。おそらく彼もそれを望んでいないでしょう。だからトイレの前でいっしょになった時にも「うるさくしてすみません」という彼に「赤ちゃんを連れて飛行機に乗るのは大変ですね。でも気にしなくて大丈夫ですよ」と言葉を返すだけでそれ以上のことは言いませんでした。私以外の乗客もほとんどが似たような対応でした。彼のことを知る人は少なからずいたと思うのですが、サインを求めたり、写真を撮ったりする人はいませんでした。

彼らとはその後ニュージーランドを旅行中にも思わぬところで会いました。その際も「また会いましたね。楽しいい旅を!」とお互いに声をかけ合っただけです。タレントなどの有名人に対してもそれなりの心づかいは必要だと思っています。

ちなみに冒頭の女優は数か月後に大学を自主退学しました。


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