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【小説】オンステージ~第3章「選べない選択肢」~

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※この物語はフィクションです。


第3章 「選べない選択肢」


「そういや最近仕事どうよ?順調?」

 年末になり、地方に勤めている友人が地元に帰省して半年ぶりに飲んでいる。俺の大学時代の唯一の友人だ。前回一緒に飲んだのがお盆休みだから、俺がちょうど営業の派遣を始めた時期か。友人には営業に転職した、としか言っていない。口を割ってでも“派遣”なんて言えない。ましてや今回その“派遣”をクビになったなんて以ての外だ。

「まあぼちぼちかな。最近は一人で外回りしてる。」

 社会人の男同士が酒を飲んだ時、仕事の話は避けられない。俺は咄嗟に嘘をついた。

「そっかー。少しずつステップアップしてるんだな。俺なんかもう~~~~」

 友人の話が苦痛だ。別世界の話。俺には関係ない。仕事が忙しいこと、ボーナスで高い腕時計を買ったこと、週末は合コン三昧なこと、今度車を買うこと・・・。知るか。
 
 大学時代からなぜか二人でいることが多かった。友人はサークルにゼミにアルバイトに常に周りに人がいるタイプで正直うらやましかった。それでも俺と一緒にいることが多かった。お互い就職して友人の勤務地が地方になっても帰省するたびに飲んでいる。

 ただ、最近友人に対して格差を感じることがよくある。着実に仕事が定着してほしいものも手に入れている友人に対し、俺は仕事を辞めて派遣となり、遂には仕事が無くなった。この友人の苦痛な話をちゃんと聞ける日が来るのだろうか・・・。



「これらの書類を確認して、マニュアルに沿ってデータ入力をお願いします」

 上司が俺に指示を出す。年が明けて1月下旬。ここは都心のオフィスビルの一画。会社の統合により期間限定で総務関係のデータ入力の人手が必要になり、ここで派遣社員として働いている。どうにかこれから2ヵ月の間は派遣で食いつなぐことができそうだ。

 しかし、本当に退屈な仕事だ。Excelのデータを入力・結合したり、Wordで指定されたレイアウトを作成して差し込み印刷したり、大量の書類をコピーしたり。こんな誰にでもできる仕事で時給1300円ももらっていいのだろうか。「(大手企業は違うなあ)」と内心思いながら適当に作業をこなしていった。

 この仕事はなぜか二人一組で行っている。相方は仕事が遅い。俺と同時期に入った冴えない年上の、30歳くらいの女性の派遣社員がいるのだが、なぜこんなに仕事が遅いのだろうか。こんなのただ決められた通りに無駄なくやればすぐ終わるものだろ。それがなぜそんなに時間が掛かっているのか、余計な作業をしているのか、マニュアルと違うことをしているのか。よく分からないが、自分の仕事が早く終わってしまうと相方の仕事を手伝わなくてはいけないのでペースを合わせて同じくらいのタイミングで終わらせる。

 俺は派遣として働きながら求人を探した。次の4月からは安定して働けるよう正社員だけでなく内部昇格有りの契約社員、直接雇用前提の紹介予定派遣も探していった。
 そこでふと見つけたのが医療事務に関するシステムの営業だ。しかも新卒と同時に第二新卒としてもこの時期で募集している。これなら病院で働いていた経験を活かして内定を取れそうだ。何の知識もない新卒相手には勝てる自信があった。
 企業情報として本社は関西にあり、全国の病院を顧客としている。各地に支社があるわけではないので、システムの導入支援、プロジェクトごとに病院のある地域に短くて3か月、長くて1年近くホテル住まいになるそうだ。
 かなりタフな仕事で、医療系も営業も導入支援も正直全部嫌だが、背に腹は代えられない。

 俺の住んでいる所から本社のある関西は離れているため、派遣先に休みをもらい、高速バスに乗り込んで前乗りして選考に臨んだ。2回の面接を経て、ここまで順調過ぎる。面接ではやはり俺の経歴ややってきた業務内容を中心に聞かれた。やってきたことそのまま答えれば良かったのでかなり楽だった。ただ、どうやら面接官には俺の面接の受け答えが自信無さげに見えたらしく、2次面接後に自信もって受けるよう直接アドバイスをもらった。

 そして最終面接。社長室で社長と1対1。何を聞かれるか緊張していたら、結果として入社するまでにやっておくこと、IT系の資格を取りなさい、これだけ言われて面接は終わった。というか、これは面接だったのか?



 結局2月の終わりには無事に4月からの働き口を確保できた。しかも正社員で。しかし、本当にこれで良いのだろうか。本当に医療系、本当に営業でいいのか、俺。

 そんな時、一通の派遣紹介メールが届いた。


続く

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