2027年のビーンズショップ <夢の途中> 第14話 焙煎と抽出



 
それから一週間後、谷川さんに速達が届いた。見積りの概算が出来た様だ。沢木さんも急いだのだろうが、なかなか大変な仕事だったかも知れない。それには、『正式な見積書は後、2週間程掛かります。』という別紙の添え状が付いていたようだ。
 
谷川さんからの朝の電話でそれを知ったのだが、谷川さんは結構慌てていた。『概算で2、800万掛かると書いてあります。ちょっとご相談したいんですが。今日は駄目ですか。』『大丈夫だよ。』『それではいつもの恵比寿ガーデンプレースの宮越屋で一時にお待ちしています。』
 
宮越屋に一時に行くと、もう谷川さんは先に来ていた。コーヒーとチーズトーストを頼んだ後、話に入った。谷川さんは『2、500万と言うのは私としては高めに設定のした金額だったんです。それを300万も超えているというのは、どうしたら良いでしょう。』
 
『ちょっと書類を見せてくれる。』と言って書類を見せてもらった。概算の見積書という事だが、良くわかる様に出来ていた。何処と言って特別高い様には見えなかった。今の物価だとこの位は掛かるだろう。全ての物は値上がりしているし、建築資材だけ別という事も無いのだ。更に人件費も値上がりしているだろう、全てを沢木さん一人でやる訳では無いのだ。
 
『困ったね。』と私は言った。ただ、もう一度良く見積書を観てみると、デッキテラス建築費500万円という項目が気になった。私は谷川さんに聞いてみた。『テラスは無いと駄目。ここだけで500万掛かっているよ。この間も話したとおり、テラスには正式な席は作れない。確かに格好は良いが、無ければうんとイメージが落ちる訳では無いし、無ければ無いで大丈夫な設備だよ。谷川さんは残念かも知れないが。』『やっぱりそこか。』と谷川さんは言った。谷川さんも分かっているのだ、ただ、どうにか出来ない物かと思い相談したのだと思う。
 
現実は厳しい。お金が余るほどあって仕事を始める人間等ほんの一握りだ。大半はいろいろやりくりしながら、これは諦め、これはやるという風に現実を詰めて行くのだ。
 
私は言った。『もし先々本当に上手く行き、余裕が出来たなら、その時テラスを作っても遅くはないよ。』谷川さんは言った。『分かりました。今回は諦めます。そうすると2、300万で出来ることになりますので、後は借金すればどうにかなると思います。一応沢木さんにその旨電話しておきます。』
 
正式な発注は、最終の正式な見積もりが出来てからになるだろうが、後は借金の問題に移る事になる。
 
私は聞いた。『借金の方はどう。』『そちらは未由ちゃんにもいろいろ教えて貰い、町の資金、県の資金、国の資金を使い、何とか1000万円借りられそうです。これからそれぞれの役所へ通う事になりそうですが。』
 
これで建設費の問題も、借入金の問題も一応片付いた。谷川さんはこれからが大変だが、それは起業する人間が誰でも通る道なのだ。
 
私は言った。
『そろそろ焙煎も習い始めないと間に合わなくなるよ。うちの方はいつでも大丈夫だよ。』
『私も考えていました。恵子と一緒に行っても良いですか。』
『勿論です。水・土・日にうちの奥さんが教えますので、そのうちの空いている時間を選んで下さい。一回2時間で、4釜焙煎します。私は店に行きませんので、全てうちの奥さんが教えます。最初は後ろで観ていてもらい、少しずつ自分で焙煎機を操作するようになります。そして、一人で焙煎できるようになるのに大体3か月、12回は掛かります。その後も来ることは自由です。皆、結構長く来ますよ。』
 
ただ、うちの焙煎機は5Kの直火だ。今は1K釜で始める人が多い。これは結構焙煎の様子が違うので、最終的にはその人の店に焙煎機が入ったら、私が教えに行ってマニュアルを作る。これで最初から美味しい豆が販売出来る。忙しいかも知れないが、自家焙煎をやるなら、これはどうしても通らなければならない道だ。夏は暑いがそんな事は言っていられない、夏は毎年来るのだ。
 
次に抽出だ。カフェなのだから、抽出はとても大事な仕事になる。基本的には機械を使わず、手で淹れた方が美味しいに決まっている。そうすると、サイホンを含めいろいろな方法があるが、うちではドリップを勧めている。ドリップにはペーパーとネルがあるが味はネルの方が圧倒的に優れている。味が柔らかいのだ。ただ、素人が家で飲むにはペーパーで充分だ。ネルを使う場合、ネルの保持が大変で、駄目なネルを使っているといつも不味いコーヒーを飲む事になる。時としてお腹をこわすこともあるので要注意だ。
 
ネルには左手で小さなネル袋を持ち抽出する、一杯取りと、大きなネルをヤグラにセットして、何杯分かを纏めて抽出する多数杯取りがある。
 
宮越屋は変わっていて、ブレンドは大きなネルドリップで、単品は小さなネルドリップの一杯取りだ。難しいと言われているが、焙煎に比べればそんなに難しくは無い。
 
大きなネルドリップで抽出した場合、それをステンのポットに入れてお客さんが来るたびに、銅のお鍋に入れて温めて出すことになる。
(銅で無くとも良いのだが。)これも慣れれば誰でも出来る。
 
大きなネルドリップでも、小さなネルドリップでも、大き目に挽いた煎りの深い豆を沢山使い、お湯を一滴一滴落として行き、粉が良くお湯を吸い我慢出来なくなり、下へ落ちて来る迄ゆっくり慌てずに抽出する。ここまでをホールド(保つ)と言う。
 
コーヒーの液体が下へ落ち始めたら、急がずにゆっくりお湯を落として行く。そして、必要量を取り終わったら、そのままポットに保存しておく。お客様が来て注文を受けたら、それを一杯、一杯温めて、カップに注げば良いのだ。その時、カップを温めておくことを忘れずに。
 
谷川さんのミニホテルのカフェの様な場合、お客さんが集中するのでは無いかと思われるので、大きなネルドリップの抽出が一番良い様な気がする。大きなネルドリップの方が濃い柔らかいコーヒーを抽出しやすいだろう。
 
後はカップだが、本当に美味しいフレンチコーヒーにマグカップは似合わない。やはりヨーロッパの良いコーヒーカップが似合うのでは無いかと思う。勿論、日本のノリタケ、大蔵だって良いのだが。
 
私はジノリが好きだ。若々しく華やかで、その上、他のカップより安い物もある。カップだって何も新品で無くとも良いのだ。中古のカップも今は沢山ある。

2027年のビーンズショップ <夢の途中>  あらすじ  第1話<世界は・・・・>|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ <夢の途中> 第2話<夏のカフェ講座最終日>|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ <夢の途中> 第3話  始まり|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ    <夢の途中>  第4話 契約|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ    <夢の途中> 第5話 物件探し|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ    <夢の途中>  第6話 伊豆へ|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ    <夢の途中>  第7話 <伊豆高原>|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ    <夢の途中> 第8話 西伊豆へ|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ  <夢の途中> 第9話 天使現る|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ  <夢の途中> 第10話 物件契約|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ <夢の途中> 第11話 カフェについて|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ    <夢の途中> 第12話 内外装①|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)
2027年のビーンズショップ  <夢の途中> 第13話 内外装➁|南方郵便機のカフェ講座(豆屋) (note.com)


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?