2027年のビーンズショップ  <夢の途中> 第13話 内外装➁



 
その翌日、谷川さんは未由ちゃんに電話をしてみたという事だった。未由ちゃんは『そういう人います。私の知っている大工さんなんだけど、こないだ会った時に、松崎にカフェ付のベッド&ブレックファーストの物件を探しに来て、田辺さんとこの物件を借りる事に決まったんだよ。』と言ったところ顔付が変わって、『その建物もうやる人が決まったの。』と聞いたので、『東京の人だから、東京の建築関係の人がいるんじゃあないのかな。』と言ったんです。そしたらとてもがっかりして『そうか。』と言っていました。『もし、こちらの大工さんが良いんならご紹介しますけど、若いけれど腕は確かだし、人柄も良いですし。』『お願いします。』と谷川さんは瞬時に言った様だった。
 
『会う日時はどうします。』と未由ちゃんが聞き、谷川さんは『明後日以降ならいつでも。』と答えた様だった。
 
そして谷川さんからの電話が私の所に掛かって来た。『と言う訳なんですが、今回も一緒に行って頂けますか。』
 
『ああ、私も私も会ってみたいから喜んで行くよ。』と私は言った。多分谷川さんも私に少し悪いと思い始めているのかも知れない。でも乗りかかった船、毒食らわば皿だと私は思った。ただ、実はそんな事は無く、私はこの件に関わるのが、何故か楽しくなっていたのだ。
 
谷川さんと気が合うというのもあるかも知れないが、自分がずっと思い描いていたものに近いミニホテルが、昔、あんなに好きだった松崎に出来るなら、何でも手伝いたい気持ちになっていたのだ。人は面白い物だ。だから皆、仕事をするのだ。
 
翌々日の火曜日に私達は吉祥寺のロータリーで会い、日産デイズに乗って松崎に向かった。いつもの伊東の豚カツ屋で豚カツを食べ、いつものカフェでコーヒーを飲み、午後松崎に着いた。今回も豊崎ホテルは取れなかったが、旧松崎プリンスのツインを何とか一部屋取った。これから先は、お盆が近づき、なかなか宿泊施設を確保しずらくなるだろう。八月のお盆が過ぎればそれも終わるが。
 
翌朝十時に松崎町役場でその大工さんに会った。未由ちゃんが紹介した。『こちらが大工の沢木洋一さんです。こちらが、谷川さん、こちらが山下さんです。』お互いに挨拶して名刺を交換した。
 
未由ちゃんが『沢木さんは、この松崎でずっと大工をしていて沢山の家を建てたり、直したりしています。とても親切ですから、いろいろ相談してみて下さい。上手く話が纏まる事をお祈りしています。』と言って笑った。
 
こりゃあ私達なんか、かなうわけないな、と私は思った。こんな可愛い顔でにこにこ笑いながら、どんどん話を纏めてしまうんだから。
 
『それでは私は仕事がありますので、これで失礼します。このブースは今日は一日中使える様にしてありますので、ご自由にお使い下さい。』
 
それから、まず谷川さんがバックから出来るだけ分かりやすい様に纏めた平面図を二枚取りだした。一枚は蔵の内装図であり、一枚は主屋の内装図だった。それを沢木さんに見せながら説明を始めた。私も一緒に話に加わりながら、どんどん夢中になっていった。
 
図面を観ながらの話は一応済んだ。沢木さんの提案で建物を実際に観ながら話をしようという事になり、現場へ向かう事になった。ただ、時刻はもう十二時を過ぎていて、私もお腹が空いていた。『先に昼ご飯でも食べようよ。いつものうなぎ屋で良いかな。』と私は谷川さんに言った。谷川さんは『はい。』と言った後、『沢木さんも一緒にどうですか。』と誘った。『はい。』と沢木さんも答え、三人でいつものうなぎ屋でのランチになった。
 
店の御主人に沢木さんが挨拶していた。『元気。』と御主人が聞くと『元気です。』と答えていた。やはり小さな町なので、皆、知り合いなのだ。うな重のランチが終わり三人で物件に向かった。
 
物件に入ると沢木さんは中を興味深そうに眺めた。おもやの他、蔵の鍵も開け、そこも見てもらった。その後、谷川さんが沢木さんに言った。『内装はさっき説明した感じなんですが、一番大きな工事はカフェの川沿いに木製のテラスを出出せる様にしたいんです。それがどの位の長さで、どの位の幅の物が作れるのか観て貰いたいんです。』と言われ、沢木さんは、『長さは建物の長さだけ出せると思います。幅はどの位の迄出せるか、後で松崎町の役場と相談すると分かって来ると思います。』と答えた。
 
谷川さんは『後は予算なんですが、予算が潤沢にある訳では無いので、これから借入するわけなんですが、どの位掛かりますか。』と聞いた。

沢木さんは『ちょっと直ぐには分かりかねます。概算を取り敢えず一週間後に、お知らせできると思います。正式な見積り書は、そこから二週間後にお渡し出来ると思います。』と言ってくれた。
 
谷川さんは『相みつを取る等という知り合いもいないので、それが余りにも高く無理ならお断りするしかないですし、借金も含めどうにかなる様ならお願いすることになると思います。宜しくお願いします。』と言った。
 
二人は外へ出てテラスの大きさや質感などについて話していた。その後、建物を出て鍵屋により、主屋の鍵と、蔵の出入り口の鍵を作ってもらい、その二本を沢木さんに渡した。その後、三人で松崎町の役場に戻り、いつものブースに入り、少し雑談をした。そこへ未由ちゃんが入って来て、『どうですか、上手く行きそうですか。』と聞いた。
 
谷川さんが『これから、見積書を作って貰うので、それで何とかお願いできればと思っています。』と答えた。未由ちゃんは『上手く行くと良いですね。』と言い、四人で少し先の話をした。谷川さんが未由ちゃんに『今度電話で、町や県の助成金などについてお聞きしたいと思っています。宜しくお願いします。』と言った。未由ちゃんは『ちょっとお待ち下さいね。』と言って、パンフレットを何枚か持ってきた。
 
『このパンフレットに大体の事が書いてあります。分からない事があれば電話で聞いて下さい。』と言った。未由ちゃんは本当に出来が良いのだ。分からない事は何でも未由ちゃんに聞くに限る。いい年をした悲しい男二人だ。
 
帰りの車の中で谷川さんが聞いてきた。『どの位の見積もりがでますかね。』『分からない。豆屋の内外装だと看板を含めて百五十万円位でやっちゃう人かもいるけどね。今度は業種も違うし、店の大きさもまるで違うからね。』『そんなに安い見積りは出てこない気がします。例えば2、500万円という数字が出てきた場合、残りは800万円位しかありません。そこから家具を買い、焙煎機を買い、いろいろ物を揃えると、既に足が出るのでは無いかと思います。初期の運転資金は全くありません。借金するしか無いですかね。』
 
私は言った。『そうだね。事業を始めるのだから、借金は当たり前と言えば当たり前だけど。2500万円という数字そのものがまだ、架空の物だからね。まず、それが分からないと、どの位借金していいのかも決まらないと思うよ。ただね、私の考えは変わっているけれど、現金を持っていれば仕事は潰れない。潰れるのは現金が底をついた時だよ。更に開店時は比較的お金を借りやすい。一年経って赤字の仕事にお金を貸すところは何処にもないよ。出来るだけ最初に借金しておく方が安心だよ。』
 
『ただね、その仕事の内容がどうしようもない物で、先の見込みが無いのなら、借りても仕方無い様な気がする。ただ、私が見る限り、今度のカフェ付のベッド&ブレックファーストの話はそういう話では無い様な気がする。コンセプトもしっかりしているし、お客様の為にも、町の為にもなる仕事だよ。そういう意味では、しっかり借金をしておくことも大事な仕事の一つだと思うよ。』
 
豆屋だろうと、カフェだろうと、ミニホテルだろうと話が進めば必ずお金の問題に突き当たる。仕事はそこで初めて現実的な物になるのだ。現実的になるのが怖いなら最初から起業をしようなどと思ってはいけない、と私は思う。

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