2027年のビーンズショップ <夢の途中> 第11話 カフェについて



 
帰って暫くすると子供達は夏休みに入った。東京では異常な暑さが続いていた。連日35度以上の日が続き38度という日が時々混じるようになった。8月に入ると40度と言う日が珍しく無くなるかも知れません、とテレビの天気予報の解説者は言っていた。あれから私と谷川さんは恵比寿ガーデンプレースの宮越屋で会い、前回、前々回の清算をまとめて済ませた。
 
話は次の段階に進んだ。『もう基本的な計画は出来た。』と私は聞いてみた。『まだです。ただ大きなプランニングはしてみました。蔵を宿泊棟にし、部屋を4つ作ります。主屋は、一階はカフェ、2階に宿泊できる部屋を2部屋と、私達の暮らす部屋を2部屋作ります。大体そこまでは考えてみたんですが、具体的な事についてはまだ、少しも進んでいません。今日はカフェについてどんな風にしようかちょっと話を伺えればと思っています。』
 
『ウーン。』と私は唸った。カフェに付いて私に話をさせればキリがない。何時間でもしゃべれるのだ。今でもチェーン店のカフェから、宮越屋の様な本格的なネルドリップの店まで、一日に2軒から3軒は入る。そこで物を書くことも多い、カフェは私の生活の一部であり、大事な暮らしの場所なのだ。
 
『谷川さん。』と私は言った。急に真面目に呼びかけられて、谷川さんも少し驚いた様だった。『カフェはその人の人生なんだよ。その人が、それまで何を飲み、何を食べ、どんな本を読み。どんな映画を観、どんな音楽を聴き、どんな旅をして、どんな旅館やホテルに泊まって来たのか、みんな分かってしまうんだよ。だからお金持ちが青山辺りの一等地に新築のビルの一室を借り、高価なイタリア製のエスプレッソマシンを入れ、スペシャリティコーヒーで有名な店から豆を取ってみても誰も良いカフェだなんて思わない。そこにはオーナーが生きてきてだからどうしてもこういうカフェを作りたかったんだ、という強い思いなどありはしないからだ。スタバの様なチェーン店なら作れるかも知れないけどね。でも私にとってカフェはそういう物では無い。その人が生きていろいろやってきた結果の全てなのだ。だから皆カフェをやりたがるんだよ。谷川さんは黒磯の<ショウゾウカフェ>って知ってる。』と私は聞いた。
 
『いいえ。知りません。』と谷川さんは言った。『<ショウゾウカフェ>本店は東北本線黒磯駅から15分位あるいた住宅地の中にある。新幹線那須塩原駅が出来てから、塩原温泉に行くバスだけが出る田舎の駅になってしまった。歩いて行っても普通の住宅地が続くだけで<ショウゾウカフェ>はなかなか出てこない。ちょっと不安になった辺りから、何となくその住宅地には似合わない小さなショップがだんだん出てくるようになる。それは後で分かるんだけど<ショウゾウカフェ>にコバンザメの様にくっついて出来たショップなんだ。更に歩いて行くと、やっと<ショウゾウカフェ>が現れる。今は黒く塗られているが、私が初めて行った時はまだグレーのモルタルの壁だった。中へ入ると、焙煎室と売店に挟まれた廊下があり、その突き当りの右側に2階に続く階段が出てくる。私が初めてその階段を登った時、階段の裏側は何とトタンの波板だった。更に凄いのは、そのトタンの波板が錆びて赤くなっていたのだ。私だっていろいろカフェを見てきたが、ここまで凄いカフェは観た事がなかった。これは駄目かなと思いながら二階に上がるとそこが結構大きなカフェになっている。注文を済ませ少しするとそこがとても落ち着く空間だという事が分かって来た。家具は中古家具で纏められていて、それがショウゾウさんのセンスで纏められているのだという事が分かる。中古家具と言ったって、アンティークでは無いよ。普通の中古家具やで売っている中古家具なんだよ。回りの棚や小タンスの上には、建築や美術や音楽の雑誌が積み重ねられていて、ショウゾウさんがどんな物に興味があるのかが分かる。スタンドや小さな置物もセンスの良い物だった。更に少したって落ち着いて上を見てみると建物の骨組みが見え、その骨組みからそこが昔アパートだったことが分かる。古いアパートをカフェに改装したんだ。スコーンが名物だと聞いていたので、私はコーヒーとスコーンを頼んだんだが、どちらもとても美味しい物だった。丁寧に作られているのが分かった。
 
私は驚いたこの場所でカフェが出来るなら、日本中カフェの出来ない場所などありはしない。これはカフェをやりたい人には凄い勇気を与えるだろうと私は思った。私は良いカフェとはそういうカフェだと思っている。ちょっと遠くてなかなかそこまで行けないのなら、先に入谷の<イリヤ+カフェ>を見ておくと良いよ。ここは<ショウゾウカフェ>と違い都市型だけど都市と言える様な景観では無く、下町の横丁に面しているんだ。私は下町の生まれなんだけど、私の育った場所の雰囲気とそんなに変わらない。ここでも家具は中古家具だけど、とても素敵な雰囲気になっている。壁一面に大きな物入れがあって本棚になっているんだけど、これは元電気工事店だったという内装をそのまま使っているからなんだ。コーヒーも美味しく、パスタが美味しい。店はいつも混んでいてお客さんが店を離さない感じがする。まあ、忙しいだろうけど、どちらも二人で観て来ると良いよ。きっと役に立つ。』

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