18歳の頃、西成のドヤに泊まった。そこは確かにアンダーグラウンドだった。
先日から話題になっている、「新今宮ワンダーランド」のPR記事問題。
知らない人に向けて簡単に説明すると、新今宮駅エリア(大阪市浪速区・西成区)のプロモーションとして、大阪市行政と電通がタッグを組んだ企画だ。
その一環として書かれたnoteが、主に2方向から批判を浴びている。
ひとつは、当初PR記事だと巧妙に隠していたこと。
もうひとつが、記事の書き方・書き手の目線だ。
興味がある人は元の記事をぜひ読んでほしいが、要は「cakesホームレス記事炎上事件」と同じ目線・構造で書かれた記事なのだ。
この件を知ってから周りの人と議論し合い、Twitterでも言葉強めにいくつか言及した。
様々な人の意見を目や耳にしているうちに、あることにふと気付く。
そこにいるホームレスにも様々な人がいて、土地にも込み入った事情があり、どの目線からどう見るかによって「触れられる真実」は変わってくる。
それを発信していくことで、また違った議論を促せるのではないか。
あのnoteがなぜダメなのかは散々出尽くしているし、今更私がアレコレ批判する必要もない。
だったらこの件をきっかけに、「私が見た西成」を発信してみようか。
そんな目的のもと、今回は本件そのものへの批判はちょっと横に置いて、私が見た西成を書き綴っていこう。
12年前、私が見た「西成(新今宮)」と「ドヤ」
(※フォトACより。以下同)
12年前、まだ18歳だった頃、「なりゆき」で初めて西成のドヤに泊まった。
何故なりゆきなのかというと、ちょっとした理由がある。
当時大学1回生で、新しい土地にもひとり暮らしにも慣れてきた10月。
好きなバンドが東名阪のツアー&インストアイベント(握手会)を発表した。
ツアー日程はこうだ。
大阪でインスト&ライブ→翌日、神戸でインスト&ライブ。
地元にいた頃からの追っかけ仲間2人(女性)も遠征してくるという。
友人2人は同じ宿に泊まるらしい。
3人で大阪神戸の日程を巡ろうとメールで話し合い、京都に住んでいた私は「大阪の次の日に神戸なら、京都に帰るのダルいな。2人と一緒に大阪に泊まるよ」と返事をした。
宿決めは、3人の中でいちばん遠征慣れをしていたジョニー(アダ名)に任せることになった。
ジョニーの本業は旅行会社のツアーコンダクター。ひとりで海外旅行にもよく行っている2歳上のお姉さん。旅行の手配なら彼女が適役だったのだ。
「泊まるだけだし、交通アクセスが良ければ安い宿でいいよね?」
そう尋ねるジョニーに、私ともうひとりの友人・さぁ様(アダ名)は「うん、どこでもいいよ!」と返した。
それがまさか、あんなことになるなんて。
宿に関するやり取りをした翌日、さっそくジョニーから「宿取ったよ!」と連絡がきた。
「すっごい安いところ見つけたんよ! 1泊1500円だって!」
ん? ちょっと待って。1泊1500円……?
それ、もしかして……
脳裏にとある可能性が浮かび、恐る恐るジョニーへメールを返した。
「予約取ってくれてありがとう。ねぇ、その宿の住所分かる?」
「ここだよ!」と楽天のURLが貼られたメールが届き、リンクをクリックする。
そこに書いてあった住所は、紛れもなく西成のドヤ街の中心地だった。
「マジで……」
溜め息にも似た独り言が、ストラップたくさんのガラケーに落ちた。
私の地元は関西と遠い九州。
学校教育で習わない「日雇い労働者の街」を他県の人間が知っていたのは、とあるサイトのおかげだった。
日本の遊郭・赤線地帯やドヤ街など、ディープなアングラスポットを紹介するサイト。
何がきっかけかは忘れたが当時よく見ていて、だからこそドヤ街の歴史や存在を知っていた。
送られてきた楽天の宿ページを何度も見る。うんうん、どう見たってドヤだ。1泊1500円なら、まだ高級なほうか。西成の歴史は知っていても、行くのは今回が初めてだ。
ガラケーの電話帳から、ジョニーではなくさぁ様の番号を開く。
何度目かのコールで出たさぁ様に、「実は……」と告げた。
案の定、「え、そんなヤバい土地あるの?! その宿大丈夫?!」と驚くさぁ様。「分かんないけど……治安は最悪らしい……」と返す私。
2人で少しの間黙りこくった後、さぁ様が切り出した。
「でも、せっかくジョニーが探して取ってくれたんだし、断ったりするのも悪いよね」
「うん、そうだよね」
「3人でいれば……大丈夫かな」
「何とか……なればいいなぁ」
一応ジョニーにも治安が悪い土地だとは話しておこう。
そう2人で決め、通話を切ってからジョニーにメールする。
彼女からの返事は「えwwwwwwそーなんwwwwwまぁ楽天に載ってるし大丈夫でしょwwww」とあっけらかんとしたもので、その明るさで不安が少し飛んでいった。
ドヤ宿泊当日。
昼間にインスト・夜にライブを楽しんだ私たちは深夜、地下鉄・動物園前駅へと降り立った。
電車を降りた瞬間から漂うひどいアンモニア臭。
構内もどことなく暗く、足早に地上へと出る。
まず目に飛び込んできたのが、酒瓶を抱えて死んだように眠るホームレスだった。
路上で人が寝転がっているくらいなら、都市部でだって見るし珍しくはない。ただドヤへと向かう道中、いくつかの怖い場面に出くわした。
ビール瓶片手に大声で喧嘩するホームレスたち。
コンビニ店員に怒鳴り散らし、今にも掴みかかりそうな酔っ払い。
そんな酔っ払い相手に、外国語で威嚇する店員。
なんだここは。どれだけ荒れているんだ。
ドヤに近づくに連れて暗くなる道。たくさん転がっているホームレスのおっちゃんたち。遠くから近くから聞こえる怒声。
目でも合わせたら、こちらも絡まれそうな雰囲気。
怯えながら歩く私とさぁ様と対照的に、何も気にせず颯爽と歩いていくジョニーの後ろ姿を見ながら「置いていかないで!」と心の中で叫んだ。
何とか無事にドヤへとついたものの、そこも中々のカオスが広がっていた。
受付で伝えられた部屋のドアを開けると、饐えた匂いが鼻を突いた。
6畳ほどの古い和室。埃や髪の毛が散らばった畳に、これまた洗濯されているのか分からない布団。
(え、ここで寝るの……?)
固まっている私とさぁ様。荷物を置いて買ってきたビールを取り出すジョニー。
なんでそんなに平気なの?! と言いそうになり、はたと気付く。
そういえば彼女は、ひとりで東南アジアに旅行できる人だった。
きっともっと衛生面が怪しい土地や宿があったのだろう。
肝の座り方と経験値が違う。
ああ、ここに座りたくないなぁ……と思っても、今日のお宿はこのドヤなのだ。潔癖症だなんだと言っていられない。覚悟を決めるしかなかった。
泊まったドヤには共同のシャワールームが2つあり、それが1泊1500円の高級ドヤたる理由なのだろう。
とはいえ、そのシャワールームの清潔さはネットカフェ以下だった。
足先から伝わる、ヌルついたタイル。四方八方カビだらけ。排水溝やタイルのあちこちに髪の毛が貼りついている。
身体をキレイにするための場所なのに、逆に不潔になるような感覚がするのは何故だろう。
このシャワールームに1分1秒でも長くいたくない。
カラスの行水が如く猛スピードで身体を洗い、逃げるように飛び出した。
部屋に戻る途中、ここいちばんで怖いものを見た。
髪を振り乱した老婆が、叫びながらどこかの部屋のドアを一心不乱に叩いていたのだ。
ヤバいヤバいヤバい!!!
視線を逸らし、急いで部屋へと入る。
確かドアに鍵くらいは付いていた気がするけれど、そのドアだって簡単にぶち破れそうなボロい作りだ。
結局その老婆がいつまで暴れていたのかは覚えていないが、ドア越しに聞こえる奇声に「この部屋にも来るかも……」と恐怖を感じずにはいられなかった。
明日も早いしもう寝よう、と布団を敷いて横になっても、異臭と治安の悪さに安眠できない。
「ここ本当やばい……」
並べた布団、隣で同じく眠れずにいたさぁ様と顔を見合わせる。
一方のジョニーは、布団に入って数分で爆睡していた。
まじかよ。なんで眠れるんだ。
浅い眠りを繰り返しているうちに夜が明けた。
翌朝すっきりと元気そうなジョニーと、恐怖と寝不足でげっそりしている私たち。
12年前の体験と記憶はたったこれだけだが、「感覚」だけは未だに残って消えない。
ドヤを出て浴びた朝日が、やけに痛かったことも。
「ドヤ」体験で鍛えられた旅行メンタル
18歳の世間知らずには恐怖の一夜だったが、この経験をしたおかげで良かったことがひとつだけある。
日本全国、どんなボロホテルに泊まっても「ドヤより快適!」と思えるようになったのだ。
(こんなことを言うと、ドヤの経営者に怒られそうだけれど)
バンドの追っかけで愛媛の安宿に泊まった時だって、壁紙が剥がれたままの埃くさい部屋を見て、「うん、あそこよりマシだわ。布団はキレイだし」と思えた。
唯一ドヤと同じくらい怖かったのは、池袋の心霊スポットにあるボロホテルだろうか。
楽天で見た時は少し古いホテルくらいだったのに、実際に行ってみるとラブホを改造したおんぼろホテル。廊下に面したベッド横の窓を開けると、カップルが廊下でコトに及んでいた。(ついでにちょっぴり心霊体験もした)
楽天こんちくしょう、ドヤや魔改造ラブホを「ビジネスホテル」として載せるな!
と言いたいところだが、外国人観光客にドヤは人気らしく、12年経っても楽天トラベルにはずらりとドヤが並んでいる。
最近では観光客向けに改装した「高級ドヤ」も多いらしい。
とはいえクチコミを見てみると、何も知らずに泊まった日本人からのクレームも。
しかし結果的には楽天こんちくしょうのおかげでメンタルが強くなれたのだから、感謝しなくてはいけないだろう。
たった1日の体験で本質は見えてこない
12年前の出来事以降、西成~通天閣エリアに足を運んだのは片手で数える程度。どれも昼間に訪れたため、夜の雰囲気は分からない。
インバウンド客を呼び込む目的もあり、行政はあのエリアの「クリーン化」を進めている。その一方で、明るい時間でも大通りを外れるとやっぱり「普通とは違う空気」が漂っているのだ。
その空気って何よ? と聞かれると、肌で感じた何かなので説明はできないが。端的に言えば、治安の悪さ、だろうか。
ただ、あの土地の「本当の」雰囲気や事情は、たった1日2日程度泊まっただけでは分からないだろう。
県外の人間から見れば異質で治安が悪くても、地元の人にとってはそうでもないかもしれない。
ホームレスとの交流だって、個々人でホームレスになった理由は違うし、西成でどう生きているのかだって違う。
「ホームレス」と一括りにラベリングして、記号として見るのはどうなのか。
件のプロジェクトのように、綺麗な部分だけ見せてキラキラエモ消費するのも問題だ。
どこの土地にだって光と闇はあるだろう。
けれど、西成エリアが抱えた社会的問題や蓄積された闇、それと関わる住人たちは現在進行形で生きている。
結局最後は批判になってしまったが、私が垣間見た西成はアンダーグラウンドだった。
じゃあ、アナタが見て知っている西成はどうだろう。
やっぱりキラキラのワンダーランド? アングラな土地? もしくは人情と犯罪とマイノリティが交差する場所?
よかったら、それを聞かせてほしい。
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