ライトノベル第三章三話【美琴のドラム】

 翌日の午後、スタジオに着くと、すでに律が来ていた。時間さえあけば筋トレに励む姿はもう定番で、それでもむさ苦しいと突っかかる奏と軽く口論する姿もお馴染みになっていた。
 が、それが入るとなかなか練習に切り替わらないので、適当なところで俺が律の筋トレを止めさせて奏の合流を待つのも、また定番だった。
「そろそろ止めておけよ、律。奏が来る頃だ。」
「あと十回、腹筋やったらな。詩音もどうだ?」
「俺はいい。筋肉なんて適度にあればいいだろう?」
「勿体ないな。詩音なら綺麗な筋肉がつきそうなんだけどな、プロテイン飲むか?」
 などといいながら、腹筋を繰り返す。本当に、そろそろ止めてほしいと思っていたところに、相楽さんが顔を出す。
「お〜い、詩音。おまえに客だ。美琴ってかわいい子が来てるぞ。」
 相楽さんの呼びかけに律が反応した。
「かわいい客だ? 詩音、おまえ、ファンに手を出してるのか? スタジオに女連れ込むなんて行為はな、やっちゃいけないことだぞ!」
 なんでそうなる?
「相楽さん。責任とってくれ。」
 からかうつもりで言ったのだろうが、律にはあまりこの手の冗談は通じなさそうだ。
「悪い悪い。かわいいけど、ありゃれっきとした男だろ?」
「ああ。」
 と相槌を打った直後、しまったと後悔する。変に誤解をしている律のことだ、かわいい男の子が来ていると思ったに違いない。
「・・・詩音。おまえの趣向にどうこう偏見は持たないが、やはりスタジオに連れ込むのはどうかと思うぞ?」
 と、完全に斜め上の変な誤解をバカ正直に信じてしまったようだ。そこに遅れて奏がやってくる。
「なにやってんだ〜?おまえら。」
 相楽さんと俺と律と、三人が共にいてもおかしくないメンツではあるが、雰囲気が明らかに違っている。
「そういや、受付のとこに、チマッとした子がいたんだが、あれ、放っておいていいんですか、相楽さん。」
 奏は美琴を見たあたりから違和感を持ったのだろう。
「相楽さん、責任とって律の誤解、解いておいてくれ。それと奏、律の戯言は聞き流せ、いいな。」
 それだけを言い残して、俺は受付に来ている美琴の元へと向かった。

 美琴は俺の姿を見ると、ほのかに顔を紅潮させる。
「あの、真に受けて来てしまったんですけど・・・。」
「いいんだ。俺も待ってた。ちょうどDOOMSDAYのサポートメンバーも顔を揃えたから、スタジオに行こう。」
「え? いいんですか?」
「当たり前だ。それに、ちょっと試したいこともある。俺の勘が当たっていたら、美琴に頼みたいことがある。」
「うわっ、なんですか! 詩音さんが僕に頼みって!僕でよければなんでも聞きます!詩音さんに頼まれることなんて、なにも思い浮かばないですけど・・・。」
「とりあえず、スタジオに行こう。」
 俺が歩き出すと、少し離れてついてくる。借りているスタジオの前まで行くと、三人がまだ入り口付近で話し込んでいた。

「なにやってんだ?」
 と俺が声をかけると、三人が一斉に振り返る。相楽さんは俺と俺の後ろにいる美琴を見て、ニヤリと笑う。
「へえ〜、これはまた楽しそうな展開になる予感がするな。おもしろそうなモン、見つけてきたな詩音。」
 引っかかるような言い方をして、そのまま立ち去っていくが、途中で振り返り「一応、誤解は解いておいたよ」という。
 だが、奏はともかく律は相楽さんの説明のすべてを信じていないようで、美琴に興味津々といったところだ。美琴を見た奏は「どこで拾ったの?」と冗談っぽくいう。
「昨日、偶然。」
「昨日? へえ〜、詩音の目には光る原石にでも見えたってわけだ。」
 奏の勘の良さには助けられることばかりだ。律は俺たちの会話でやっと相楽さんがいじった言い方をしたのだと理解したらしい。
「新しいドラムってことか?」
 と律が聞く。
 美琴のことを見下ろしながら、じろじろと見る。身長さがあり、律の硬派な雰囲気は時として相手を威圧しているようにも見えるし、思われてしまう。美琴はビクッと体を震わせ、完全に俺の背後に隠れてしまった。見かねた奏が律を引き剥がす。
「ドラムってなんのことですか、詩音さん・・・。」
 背後から細い声で聞いてくる美琴。ドラムをしている美琴がドラムを知らないわけがない。なんで突然ドラムの話が出てくるのかってことを聞きたいのだろう。俺としては美琴が他のバンドではなくDOOMSDAYのドラムをやってくれたらいいなと思っていた。
「新しいドラムじゃないのかよ。じゃあ、なんなんだ、そいつは。」
 律が声を荒げる。
「律、怖がらせてどうする?」
 奏が律を宥め、怖がる美琴に
「ごめんね〜こいつ、一人で勝手に変な誤解しちゃってね〜そこからなかなか抜け出せないんだよ〜。」
 と、冗談混じりで語りかけ、場の空気を和ませようとした。それから俺の方を見て
「律じゃないけど、そろそろ説明してくれてもいいんじゃないの〜詩音。」
 と、説明なしでは律は納得しないよと忠告混じりに言われてしまう。
「悪いな、事前相談もなく。」
「俺はいいんだが。けれど、律の性格を考えるとね〜。」
 曲がったことが大嫌いな傾向が見え隠れする律には、冗談の域を越えたいじりだった。相楽さんにはあとでもうひと言ふた言文句を言わなきゃ割に合わない。
「話してなかったのは、美琴が来るかどうか、わからなかったからなんだが。あ、彼は美琴。今はバンドのローディーをやっている。ドラムもやっているがまだ始めて間もないそうだ。」
 美琴のことを紹介すると、彼は俺の背後から一歩前に出て、二人の前で頭を下げた。
「ローディーの引き抜きをしたのか、詩音。」
 と少し呆れ顔の奏。
「違う。実は・・・。」
 と切り出し、俺はざっくりと事の次第を説明した。すると
「一度もバンドとして音を合わせたこともない初心者ドラムを連れてきたのか?」
 と律が呆れる。
 それに対し、俺は大きく首を横に振った。
「まあバンド経験はないが・・・。少しだけ時間をくれ。」
「詩音にはなにか考えがあるってことだね。いいよ、俺は。」
「まあ・・・DOOMSDAYのためになるっていうならな・・・。」
 律は渋々聞き入れた感じだが、美琴のことは俺に任せることを受け入れてくれた。
「さて、美琴。勝手に話が進んで悪いんだけど、早速ドラムを叩いてもらってもいいか?」
 美琴は律と奏の方をチラリと見た。
「ええ・・・皆さんの前で、ですか・・・?」
 それからしばし考えて俺を見る。
「わかりました、やってみます。」
「本当か?」
「はい!」
「・・・わかった。じゃあ、この曲をやってみようか。まずは聴いてみてくれ。」
 俺はDOOMSDAYの曲のひとつをスタジオのスピーカーから流した。
 しばらくして視線を美琴に向けると、明らかに今までのような懐っこい表情は消え、緊張感を感じながらも集中して聴いている、そんな感じだった。ひとつひとつ耳と身体で音を吸収し、自分の手を動かしている。足でリズムをとり、繰り返しに入るとアレンジのような動きも入っていた。
「さあ、実際に叩いてみようか。」
 美琴をドラムの椅子に座らせる。美琴は生き生きとしながら調整をしていると、美琴の掌から普段かなりの練習をしていると感じるものがあり、それには二人も気づいたようだ。そしてスピーカーから曲を再度流し、美琴がドラムを叩き始めると予想以上の結果が帰ってきた。奏が軽く口笛を吹いたのが耳に入り、律が「すげぇ」と言っているのも聞こえるが聞き流し、美琴のドラムに集中した。そして曲が終わると
「詩音、すごい拾いものをしたな〜。俺の勘も当たったってわけだ。」
 と奏はどちらかといえば自分の勘が当たったことを嬉しがっていた。律は
「バンドのアンサンブルは経験がないからこれから磨くとしても、ドラムの腕に関しては今までのサポートドラムよりも上かもしれない。見込みはあるな。」
と美琴のことを認めているような発言をする。それから、その日はDOOMSDAYの曲を叩いていた。美琴は緊張しながらも終始楽しそうにやっていた。

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