ライトノベル第三章二話【ライブハウスの裏にいた一人のローディー】

 ライブハウスの中に入った時にはすでに演奏が始まり、受付で何番目かを訊くと最初のバンドだという。それでもステージ上ではラスト! とヴォーカルが客を煽りノリのいい曲で客との一体感を見せていた。
 客層が若いため、結成間もないバンドなのだろう。ノリのいいラスト曲もポップ調色が強いロックだった。固定ファンを持っていそうだが、DOOMSDAYの求める音楽性との接点がない。
 今日のライブハウス巡りもハズレか?
 奏も律も時間を見つけてライブハウス巡りをすると言っていた。そろそろ情報交換をしてもいいだろう。そんなことを考えながら、二番目のバンド、三番目のバンドのステージを見た。奇抜なファッションだが音は万人受けしそうな、どこかで聞いたようなアレンジをしている二番目、三番目はメタル系のバンドだった。音楽性やバンドの系統の統一感がない。ハズレではあったが、こういう組み合わせをするところもあるのだと、そういう面ではいい経験ができたのかもしれない。ただ、それぞれのバンドに固定ファンがついているため、成功した例といえるだろう。
 バンドが入れ替わるとファンもほぼ総入れ替えしている。今のDOOMSDAYではそれだけの力はなく、やはり音楽かバンドの系統で統一して組むしか新規ファンの獲得は難しいだろう。
 余韻に浸りまだライブハウスの中に留まるファンがいる中、ステージ上では撤収作業が始まっていた。俺は通路を阻むように立ち話で盛り上がるファンを避けながらライブハウスを出て、近道で最寄り駅に向かうため、ライブハウスの裏手へと回った。そこでもスタッフ・・・もっと詳細にいえばローディーと呼ばれる仕事をしている者がいて、ステージから運び出された楽器などをバンドが所有する機材車などに運び入れていた。その横を通り過ぎようとした時、俺は声をかけられた。
「あの・・・DOOMSDAYの詩音さん、ですよね?」
「・・・そうだが、あんたは?」
 以前の俺なら、無視していただろう。犬っころのように警戒心なしで近寄ってくるやつほど、タチが悪い。この男の第一印象は、そんな感じだった。
「僕は美琴(みこと)っていいます。」
「俺になにか用か?」
「あ、いえ・・・用というか・・・。」
「そうか。なら俺は行くぞ。」
「あ、ちょっと待ってください! 僕、詩音さんのライブを見たことがあって!」
「DOOMSDAYのライブを?」
「はい! だからまさかこんなところで会えるとは思わなくて、つい・・・すみません、声、かけちゃって。」
「いや、それは別に構わないが・・・いいのか、仕事中だろう?」
「ちょっとだけなら。あ、でも、詩音さんが無理なら大丈夫です。」
「俺は別に構わないが・・・。」
 と言い掛けたとき、なぜ時間がないと断らなかったのかを軽く悔やんだ。すでに別にと言ってしまった手前、やはり時間がないとは言えず、このまま美琴の話を聞くことになった。
「僕、DOOMSDAYの演奏を見て、とても感動しちゃって!特に詩音さんの歌声とか、ライブ中の仕草とか、とても惹きつけられたんです! DOOMSDAYの演奏は軽くないのに耳に残るっていうか、気に入ったワンフレーズがずっと残って、気づくとそこを何度もリピートしちゃって。体が自然にリズムを取ってるっていうか。」
「それはどうも。そう言ってもらえると嬉しい。」
 直接感想を聞けるメンツは限られている分、こうして面識のない人からの感想は率直に嬉しかった。とくに日頃から音楽に深く携わっている人の意見は大事だ。聞く側のほとんどは音楽の専門家ではないわけだし。今目の前でDOOMSDAYのライブの感想を熱く語っている美琴のような・・・。
「そんな・・・。」
 美琴が照れ笑いをする。
「僕の方こそ、憧れの詩音さんにそう言ってもらえると、嬉しいですし、いい思い出になるっていうか。」
「思い出? なんでだ?」
 俺は率直な疑問が口から溢れた。
「僕にとって詩音さんは尊敬と憧れ、こうなりたいっていう希望だったりするんです。ステージ上の詩音さんは神々しく輝いていて、そこだけ空気が違うって言うか。別次元なんですよね・・・!」
 別次元って・・・バンドをやっていれば同じだろうに。
「詩音さんは元々持っているものが違うんでしょうね。素質ってやっぱり大切ですよね。」
「素質なんて、そんなものどうにでもなるだろう?」
「え? そうですか?」
「そうですかって・・・練習とか努力とか。バンドやってれば仲間と切磋琢磨して腕磨いたり・・・。」
「あ・・・。そうですよね・・・。」
「そうですよねって、ずいぶんと他人事だな。聞くが、どれくらいの経験があるんだ?」
「経験、ですか? ローディーの?」
「いや、バンド経験とライブ経験だが。」
「えっと・・・。」
 これまでマシンガンのように話していた美琴のトーンがダウンする。
「美琴?」
「あ、はい・・・。えっと、僕、実はライブってやったことがなくて。」
「・・・やったことがない?」
 音楽をやっていればライブやるのは当然だろうという考えがないわけじゃないが、人によってはいろいろ事情はあるだろう。
「・・・はい。実は自信がなくて。」
「人前で演奏するのが怖いからか?」
「それもありますが、自分がバンドを組んでもいい実力があるのかわからなくて・・・。」
「パートはどこをやっているんだ?」
「ドラムをやっています。ドラムをやることはすごく好きなんです。手が空いていればついついリズムを取ってしまうので。」
 本来ドラムの数は少なく、ある程度できれば、いろんなバンドから引っ張りだこであるはずだが・・・。自信の無さから誘われたバンドも辞退しているのかもしれない。
 だが、なぜだろうか。美琴はただ単に「ドラムが好き」で終わるような人物ではないような気がした。
「なんとなく察して頂いたと思うんですが、そうなんです、僕、自信が持てなくて、今まで何度かバンドに誘われてもお断りさせて頂いていたんです。実際合わせてみたら違うって思われるのも嫌ですし、自分にはまだ早い、先輩のような経験もまだ無いなって。だからローディーをやりながら日々勉強をさせて頂いています。」
 時折、手を動かしながら俺と話をする。見ていればわかる。美琴は俺と話しながらでも繊細な仕事をしていた。バンドをしていれば、こうしてほしい、ああしてほしいという要望がでてくるが、それをスタッフにうまく伝えられないこともある。美琴は俺がバンドをしている中で、してくれたら助かるような些細なことをさりげなく済ませていた。
 現に話しながらにも関わらず、素早くドラムの機材の解体、収納を済ませている。その手際が余りにもよくて見惚れてしまうくらいに。これほどまでに手先が器用なら、バンドのドラムをやるのも可能なはずだが・・・。本人にその気があればの話だが。それに今の美琴の姿が初めてのバンドのメンバーと重なる。
 あのときは俺は前しか見てなかった。
 もしあの時、今のように後ろで立ち止まっているメンバーに声をかけていたら・・・。
 後悔をしたところであの頃の時間は戻らない。ならば、いま目の前にいる美琴を救うことで、少しでもあの頃が思い出に変わるのではないか・・・と。俺の勝手な解釈だが。
「このままでいいのか?」
「詩音さん?」
「もう一度聞く。美琴は今のままでいいのか? 自信が持てない理由は様々だ。それを情けないとは思わない。もし、俺にその自信を持てるようになる手伝いができるなら・・・。」
「詩音さん・・・僕はまだドラムを始めて間もないんです。こんな僕とやってくれるバンドなんて・・・。」
「やってみなきゃわからないことはたくさんある。入れてくれないなら、美琴が中心になって募ればいい。」
「なに言ってるんですか!詩音さんみたいなカリスマ性がない僕には無理です。」
「俺は別にカリスマ性なんて持ってない。何度もメンバーが脱退し、その度に新しいバンドを結成するが、やはり分裂する。その繰り返しだ。DOOMSDAYが成功しているのかさえまだわからない。俺も偉そうなこと言える立場じゃない。」
「そんなことないです! けど、本当にいいんですか? 僕が詩音さんの言葉に甘えてしまって。」
「甘えさせているつもりはないが。その辺は美琴次第じゃないか?」
「そうですかね・・・。」
「覚悟ができたら、明日、この場所に来るといい。このスタジオの店長とは顔馴染みだ、俺の名前を出せばわかるように話をしておく。」
 俺は偶然持っていた相楽さんのスタジオのパンフレットを美琴に手渡した。美琴はぎこちなく俺からそれを受け取ると、少しだけ顔を緩ませたように見える。手応えはあるはずだと、俺はこの時、確信をした。

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