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【研究会紹介】アフリカ・アジアの実践宗教による「下から」の政治プラクティスに関する人類学的研究」科研基盤研究B (2023–2026)

『宗教性と現代社会空間』ReSM勉強会は、京都精華大学萌芽的研究助成を得て2020年から2023年まで、国内外の研究者の参加を得て、同学のアフリカ・アジア現代文化センター(CAACCS)の研究プログラムとして研究活動を進めました。 2023年からは科研費を取得し、CAACCSとの提携を続けながら基点を京都大学京都大学アフリカ地域研究資料センターにプログラムの基点を移して研究を続けています。

「宗教性と現代社会(RESM)」研究会

現代人の生活空間から宗教は排除されたのか?アフリカ・アジアの社会を見るとむしろ反対の事例が多く見えてくる。ここでは従来の「宗教」というくくりでは捕らえきれないモラル、精神性あるいはライフスタイルとしての宗教性が、現代社会において新たな形で個人、集団の生き方を形成しているという認識に基づき、これを「空間」という軸からとらえ、理解する試みをしてみたい。
イスラームやキリスト教などの一神教の信仰実践に加え、風水や呪術信仰など広義の「見えないもの」への信仰とそれに纏わる儀礼や身体表現が現代を生きる人々の生活空間においてどのようにとらえられ、実践されているのか。家庭内のプライベート、ドメスティックな空間から、往来などのパブリックスペース、中庭や縁側のような「半公共スペース」も含む日常的な活動が行われる空間を対象とし、伝統や儀礼、宗教実践等が、近代化による空間そのものの構造的な変化に対応してどのような変容を遂げているのかに着目して考える。
アフリカ、アジアの異なる社会をフィールドに、比較研究を行うことで、現代空間に偏在する宗教性について考察すると同時にその文化的価値についても再評価を試みる。

新たな研究チームへ

…アフリカ・アジアの実践宗教による「下から」の政治プラクティスに関する人類学的研究」科研基盤研究

近代化以降のアフリカ・アジアでは、国民国家、民主主義、自由主義経済、政教分離という西洋的な政治・経済システムが健全とされ一般化されてきたが、同時に日常生活空間に根付いた「実践宗教」が相互扶助など「下から」の政治の在りかたからよりパブリックな政治に至るまで、様々なレベルでの政治プラクティスを再発明(re-invent)してきた。本研究は、アフリカ・アジアの異なる事例について

①ドメスティックな空間における実践宗教によってどのように「下からの」政治プラクティスが醸成されているかについて文化人類学的手法を基礎とした研究を行い、
②それぞれの事例における媒介活動や社会システムとの関わりを類型化することでマクロな政治の場とのつながりについて比較分析する。
③従来の政治学や社会学が前提としてきた西洋的な枠組についてアフリカ・アジア発の見地から包括的かつ批判的に検証することで、より普遍的かつオルタナティブな社会システム理解を提起することが本研究の目的である。

本研究の目的
日本を含むアジア、そしてアフリカの公共宗教を扱う従来の研究では、多くの場合、目に見えやすい政治・社会運動や事象 (宗教政党、宗教法人、宗教NGOなど) に着目した分析がなされてきた。それは、信者や個人の信条といったプライベート・ドメスティックな信仰実践の領域がマクロな政治の文脈を構成する要素として可視化されにくい現状、そして人類学と政治学、宗教学と宗教社会学など分野間の隔たりがあり、ミクロな生活空間での実践宗教(民俗宗教)とパブリックな政治や「公共宗教」とが、それぞれ別々の分野で研究されてきたため、両者が関連付けられることが少なかったことが原因となっている。本研究では以上の問題点に対し、どのように生活空間における実践宗教がミクロな政治プラクティスを構成し、ひいてはどのようにマクロな政治に関わるのかを明らかにすることを目的としている。

研究手法
上記の課題について、本研究では代表者を含むアジア・アフリカの広範にわたる地域を専門領域とするシニア・ジュニアの研究者および国内外に基点を置く協力者による共同研究により明らかにする。上記で示した通り、それぞれのフィールドにおける政治・社会的背景を理解すると同時に、現地の実践宗教に関して人類学的アプローチを重視した研究を行う。

■日常生活空間における実践宗教とミクロな政治プラクティスとの関わり
本研究では①身体性・空間、②もの・貨幣、③キーパーソン、④言説(ディスクール)に注目し、実践宗教がこれらの要素を介してどのように「下からの」政治プラクティスを形成するのかについて記述・分析する。人類学的研究手法を用いた「日常的生活空間」におけるミクロな政治プラクティスが生まれる局面に重点を置き、各フィールドにおけるイスラーム、キリスト教、ヒンドゥー教、仏教、新宗教、呪術などの民俗宗教における実践宗教を対象に、以下の具体的な事象について研究する。

表1 研究計画より(阿毛・樫尾 2022)

アフリカ・アジアそれぞれの事例に関し、実践宗教から「下からの」政治プラクティスが生成されていく過程、言い換えれば個人や集団による意識や秩序、関係性の束が形成されていく過程を人類学的記述を通して理解し比較すると同時に、それぞれの事例における差異や共通点(例えば社会内での宗教的エージェント(媒介者)の役割や信者の身体性、空間様式の相違など)を類型化し分析する。

■「下からの」政治からパブリックな政治への繋がりにおける様々な媒介実践と関係性の類型(モデリング)

上記で明らかにした「下からの」政治の領域と、当該地域の公的な政治・経済システム(民主主義・資本主義経済等)との関わりについて、それぞれの事例における媒介実践(選挙・公共事業・ケア・教育事業等)とマクロな政治的場面でのアウトプットについて14の事例を類型化し、比較分析を行う。
比較の具体的な事例として、セネガルのイスラーム教団と日本の創価学会を例に挙げた。

図1 研究計画書より(資料や先行研究を参考に作成 阿毛・樫尾 2022)

これまでの研活動

研究代表者(阿毛)は2003年以降、主に西アフリカイスラーム圏の宗教、特にセネガルに関して現地への長期フィールド調査(2003~2016年)を通し研究を進めてきた。主に西アフリカを中心としたアジアのイスラームと高等教育について研究を進めている。
アフリカ地域において実践宗教は現代政治を読み解くうえで非常に重要な要素であり、東アフリカ地域を専門とする浜本(ケニア)、梅屋(ウガンダ)は、それぞれの地域における伝統宗教や伝統儀礼における呪術と人間社会との関わり、近代化した社会や政治の場面におけるこれらの表象について、詳細な研究成果を発表している。
飛内も東アフリカにおける地域横断するキリスト教の「信仰覚醒」に関するフィールド調査に基づく研究成果を通し、キリスト教の信仰覚醒と社会との関係について分析した。サコは、現代社会と人々の生活様式や宗教的な世界観に根差した伝統的な価値との関わりに注目し、特にマリと日本の事例を中心にアフリカ・アジア双方の事例に関して比較空間学、都市人類学の見地から研究を行っている。
世界的な宗教回帰の動きに対して樫尾は1990年台以降の経済発展や近代合理主義的な考え方が世界で一般化する中、心の豊かさを求める「霊性文化」が日本や韓国、フランスなど世界各地で発展してきたことを指摘し、それを1臨床文化、2宗教文化、3環境文化、4大衆文化に分類して分析を行った。アジア地域に関して、秦が中国の儒教や家族制度、社会制度に着目して研究している他、インドネシアの若い世代については野中が、近年イスラーム再興の動きがあることを分析した。山下はインドにおける社会の動向と宗教性に着目しつつ、インドネシア、シンガポールのヒンドゥー寺院における宗教実践と共生について分析している。

研究分担者一覧↓

空間における言説国際的に展開する宗教の特徴に関しては、樫尾と協力者のLouveauがそれぞれ西アフリカにおける日本の新宗教の真光の布教の様子や現地の社会における発展の様子について調査をしており、エコロジーなど現代社会の動きとの関係についても分析を行っている。最後に我が国の事例に関しては、島薗が国家神道と日本近代社会について多大な業績を発表している。
以上で示したように、本研究の分担者は皆それぞれの事例に関する重要な研究成果を発表しており、本研究を通した協働により、個別の事例を横断的に分析し比較することで、世界地域を対象とした実践宗教と「下から」の政治、ひいてはよりマクロな政治との関わりについてかつてない規模で新たな見地を示せるものと考える。

参考文献・業績

著書

  1. Umeya, The Gospel Sounds Like the Witch’s Spell: Dealing With Misfortune Among the Jopadhola of Eastern Uganda,
    Langaa Rpcig, 2022.

  2. N. Kashio & C. Becker (eds.), Spirituality as a Way: The Wisdom of Japan, Kyoto University Press & Trans Pacific Press,
    2021, pp.101-127.

  3. 丹羽『不信の支える信仰共同体-ネパールのプロテスタンティズムについての民族誌的研究』水声社, 2020.

  4. 梅屋「〈呪力〉の『公共性』」『呪者の肖像』川田牧人・白川千尋・関一敏(編), 臨川書店, 2019, pp.237-263.

  5. 野中「インドネシアにおけるハラール化粧品の隆盛と女性たちの美意識」『CIRAS Discussion Paper No.80 社会
    主義的近代とイスラーム・ジェンダー・家族』帯谷知可・後藤絵美(編), 2018, pp.26-34.

  6. 阿毛 「セネガルの高等教育機関における宗教ダイナミズム」« Les dynamiques religieuses dans les milieux de
    l’enseignement supérieur au Sénégal » Dozon J-P., Holder G.(編)Les politiques de l’Islam en Afrique. Mémoires, réveils
    et populismes islamiques, Paris, Karthala pp. 93-126.

  7. 島薗「スピリチュアルケア-その概念と歴史的展望」『医療・介護のための死生学入門』清水哲郎・会田薫子
    (編)、東京大学出版会, 2017, pp.227-258.

  8. 秦「宗族制度と宗族組織-湖北省の事例」『〈宗族〉と中国社会-その変貌と人類学的研究の現在』瀬川昌
    久・川口幸大(編), 風響社, 2016, pp.91-136.

  9. 山下『インド人の「力」』講談社, 2016.

  10. 山下「インド移民の宗教実践に見られる<インド的共生>-インドネシア・ジャカルタ首都圏のヒンドゥー寺
    院の事例」『インド的共生思想の総合的研究-思想構造とその変容を巡って』釈悟震, 白峰社, 2017, pp.113−136.

  11. 山下「ディアスポラとヒンドゥー教-東南アジアのタミル系寺院と司祭」『環流する文化と宗教(現代インド
    6)』三尾稔・杉本良男(編), 東京大学出版会, 2015, pp.253-275.

  12. 阿毛「知識と栄誉を求めて「移住・学習」する-セネガルのアラブ・イスラーム学校における移住者の肖像
    (“Migration-formation pour une quête de connaissance et de reconnaissance : figures des migrants dans les établissements
    d’enseignements de l’arabe et de l’islam au Sénégal)”, in A. Séck, C. Canut, M.A. Ly, Figures et discours de migrants en Afrique
    de l’Ouest , Paris, Riveneuve, 2015.

  13. 樫尾・本山(編)『地球社会の新しいヴィジョン-心身・霊性・社会』, 国書刊行会, 2015.

  14. 野中『インドネシアのムスリムファッション-なぜイスラームの女性たちのヴェールはカラフルになったの
    か』, 福村出版, 2015.

  15. 野中「ムスリマによるムスリマのためのもう1つのミスコン-ムスリマ・ビューティー」『消費するインドネ
    シア』倉沢愛子(編著), 慶應大学出版会, 2013, pp.296-300.

  16. 樫尾『文化と霊性』慶應義塾大学出版会, 2012.

  17. 樫尾『スピリチュアリティ革命-現代霊性文化と開かれた宗教の可能性』春秋社, 2010.

  18. 樫尾「霊的価値論-コートジボワール・崇教真光信者の世界観の持続と変容(1975-1995)」『スピリチュア
    ル・アフリカ-多様なる宗教的実践の世界』落合雄彦(編), 晃洋書房, 2009, pp203-233.

学術論文

  1. 阿毛「セネガルのムスリム女子大学生。大学キャンパスにおける宗教ダイバーシティに関するエスのグラフィ
    ー」 « Les étudiantes musulmanes sénégalaises. L’ethnographie de la diversité religieuse et identitaire au sein des campus
    universitaires », Cahier d’Etudes Africaines, No248, Paris, éd. CNRS.(2022, 12 月)

  2. 島薗「宗教文化と生命観-いのちを作りかえる科学技術を制御する倫理」『世界思想』47 号, 2020, pp.22-26.

  3. Niwa “The Problem of Unity and Representation among Protestants in Nepal: On a Conflict between Umbrella Organizations
    and Rational but Irrational Participation”, in Studies in Nepali History and Society 24(2), 2019, pp.251-279.

  4. 島薗「明治国家の形成と神道」『神奈川大学評論』89 号, 2018, pp.39-49.

  5. 梅屋「フランシス・ニャムンジョ、ウィッチクラフトを語る(Ⅰ)-エージェンシーを『飼いならす』宇宙論と
    公共性」『社会人類学年報』46 号, 弘文堂, 2020, pp.1-30.

  6. 島薗「国家神道復興運動の担い手-日本会議と神道政治連盟」『宗教と社会の戦後史』堀江宗正(編), 東京大
    学出版, 2019, pp.123-150.

  7. 浜本「規範性の要件-近親交配回避からインセスト・タブーへ?」『九州大学大学院教育学研究紀要』20 号,
    2018, pp.1-22.

  8. サコ「ジェンネの日干しレンガ建築文化の保護・修復-日干しレンガ建築士からの聞き取り」Afro-Eurasian
    Inner Dry Land Civlizations 6, 2018, pp.49-59.

  9. 梅屋「ウガンダ東部パドラにおける『災因論』の民族誌-死霊と憑依、毒そして呪詛の観念(Ⅱ)」(協力:
    マイケル・オロカ=オボとポール・オウォラ)『国際文化学研究』48 号, 2017, pp.77-109.

  10. 野中「信じること・装うこと-インドネシア人女性たちのヴェールと服装」『コンタクト・ゾーン』9 号, 2017,
    pp.279-303.

  11. 秦「人類学からみた中国の儒教復興-東アジアへの展望」『孫文研究』61 号, 2017, pp.1−21.

  12. Hamamoto “Lethal Narratives and Anthropological Knowledge: Circulation of Narratives around the Death of a Promising
    Kenyan Youth”, in Japanese Review of Cultural Anthropology 17, 2016, pp.3-27.

  13. 飛内「『スーダン』におけるキリスト教信仰覚醒運動-ククの人びとの移動を基底として」『アフリカ研究』
    84 号, 2014, pp.31-44.

  14. 浜本『信念の呪縛―ケニア海岸地方ドゥルマ社会における妖術の民族誌―』一般財団法人九州大学出版会,2013.

  15. 飛内「ゴシェニ教会とクク人-都市ジュバから見る南スーダンのキリスト教」Journal of Area Based Global
    Studies 4, 2013, pp.31-60

  16. Tobinai “Christianity in/and Greater Sudan: The Formation of Country Image among Christians in Khartoum”『上智アジ
    ア学』31, 2013, pp.123-138.

  17. 山下「シンガポールのヒンドゥー寺院における女神祭祀とインド叙事詩-<火渡り>の儀礼シークエンスを中
    心に」(岡光信子との共著)『東方』27, 2012, pp.215-245.

  18. 野中『インドネシアの大学ダアワ運動再考-サルマン・モスクにおけるイスラーム運動の思想と現代的意義』
    SOIAS Research Paper Series 7, 2012.





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