【CD紹介】『TENRAI ー風の詩ー』川端裕美(フルート)
皆さん、こんにちは! 在米24年目、ニューヨーク在住の音楽家・文筆家、伊藤玲阿奈(れおな)です。
今日は、私の親しい友人・フルート奏者の川端裕美さんが2019年6月にStudio N.A.TよりリリースされたCDアルバム、『TENRAI ー風の詩ー』を皆さんにご紹介します。
川端さんは兵庫県尼崎市のご出身で、大阪音楽大学短期大学部やドイツのハンブルクなどで研鑽されました。長らく関西を拠点にご活躍されていますが(下にプロフィール)、特筆すべきことは、イベントの企画・プロデューサーとしても非常に有能な方であるということ。たとえば、講談といった他分野との意欲的なコラボレーションをみずから実現させているのです。
そんな川端さんのアルバム、期待どおり、あらゆる人が楽しめるものになっています。くわえて、このCDには心の緊張をほぐしてくれるような、不思議な魅力にあふれているのです。
タイトルに込められた東洋的なメッセージ
それはアルバム名からすでに暗示されています。この『TENRAI』というタイトルを見たとき、私はそのセンスに感服すると同時に、とても驚きました。
ピンとこない方も多いでしょうから、ちょっと解説しましょう。
「TENRAI」は、もともと漢字で「天籟(てんらい)」と書きます。「籟(らい)」というのは、竹冠(たけかんむり)から分かるように、竹でできた笛のことで、転じて「音楽の調べ」を意味する漢字になりました。つまり、「天籟」とは文字通りには「宇宙の音楽」のことを指します。
そして、この言葉は、古代中国の書『荘子』に「野に咲く花のように自然な、ありのままの自分でいる状態」を意味する用語として登場していらい、禅などの東洋思想で有名になりました。
すなわち『TENRAI』のタイトルからは、「背伸びしない、ありのままで自然な音楽を奏で、皆さんを幸せにしたい」という川端さんの想いが伝わってくるのです。
西洋のクラシック音楽は、作曲家の意図を細部まで反映させる記譜法(楽譜)を発明したり、理論や形式を発展させていたりと、自意識や論理といった、どちらかといえば ”人工的” な思考回路のうえに成り立っています。
しかし、このアルバムはその伝統とは真逆をいくタイトルをかかげており、そのユニークさに私は感服し、驚いたというわけです。
自然きわまりない調べに酔うひととき
アルバムに収録された音楽(全10曲・約65分)へと耳を傾けてみましょう。
すぐに気付く大きな特徴は、ピアノやアンサンブルの伴奏を起用していないこと。
クラシックのフルーティストなら、なにより自分の腕前を披露したいと思うのがアルバムを作るときの心情で、大音量が出せるピアノやオーケストラを伴った、華麗で演奏効果の高い曲ばかりを選びがちです。
対して、川端さんが起用したのは大西洋二朗さんが弾くクラシック・ギターのみ。しかも、単なる伴奏ではありません。あくまでも音楽上で対等な関係として、アルバムを一緒に作りあげています。川端さんのアルバムにもかかわらず、ギターだけの曲も入っているほどです。
しかし、これが『TENRAI』のコンセプトにピッタリはまっています。
優しい音色で共通しつつも、対照的な音の出し方をされるフルートとギター――息によって生まれる柔らかな音の流れと、指でつま弾かれる繊細な音の粒。2人の織りなす調べが、なんと自然きわまりないことか!
そして、ギターだけによる落ち着いた音楽が3回挿入され、これがアルバムに見事なメリハリを与えていることも特筆されねばなりません。
ためしに冒頭の3トラックを聴いてみましょう。
イタリアの昼下がりを連想させる、のどかで心を包み込むようなパガニーニの小品から始まります。それが終わると2曲目はドップラーの幻想曲。これは11分を超える大曲ながら、静かに始まって、徐々に盛り上がっていくようになっています。1曲目は3分半ですから、ここまで聴き手は15分ほど、だんだんに呼吸のエネルギーが増していく川端さんのフルートを主に楽しんでいることになるわけです。
それが3曲目のファリャでは大西さんの弾くギターのみになります。この3分間はというと、指先の繊細なエネルギーの世界。静かな曲調ということもあり、ここでいったん小休憩するような効果をもたらします。
要するに、最初の3曲が流れる18分間のなかで、ひとつの波が形成されているのです。そしてアルバム全体では、ギターのみの小休憩が3度あるので、聴き手は4つの大きな波に乗ることになります。
それはあたかも人間がもっているバイオリズムに沿うような全体設計です。『TENRAI』の面目躍如といえましょう。
大自然の口笛が聴き手を包み込む
私が個人的に好きなのは ”第3の波” にあたる部分に置かれた、インド古典音楽のシタール奏者・作曲家ラヴィ・シャンカルの『魅惑の夜明け』です。
というのは、クラシックとは対極の思考回路のうえにあるシャンカルの作品を、フルートとギターの為にアレンジしてまでアルバムに組み込んだのは、『TENRAI』の東洋的なメッセージ性をより際立たせているからです。
シャンカルの原曲は、インド音楽における ”夜明けのラーガ” なのでしょう。ラーガとは、かんたんに言えば「音の決まり」。ヒンドゥー教の習慣に即して、時間や用途によって使用する音・旋律について一定の決まりがあります(タイトルから、この原曲は夜明けに演奏されるラーガに基づいていると思われます)。
静かな夜明け。今日も生かされることを神々に、大自然に感謝して奏されるラーガ。それが二人によって西洋楽器で情感たっぷりに再現されます。
時おり挟まれるフルートの不安定なピッチは、音の狂い、つまりミステイクと解釈してはなりません。ドレミ(平均律)はあくまでも近代西洋の音階であって、インド音楽ではドとド♯の間にだって無数の音が存在します。その無限の可能性からくる独特の音程の揺れによって万象を表現するのです。
川端さんはポイントポイントでそれをうまく模倣して、音楽的な彩(いろどり)を与えています。また、川端さんのテクニックは全曲を通じて申し分なく安定しており、自然な感情にしたがって生きる彼女らしい音楽性とともに、このアルバムで表現したかったものを存分に表出しています。
さて、冒頭で「心の緊張をほぐす不思議な魅力」と書きましたが、私はこのCDを就寝や瞑想のためのBGMとしてよくかけます。このアルバムを聴きながら、自分を自然の一部になったような感覚にして心身をつなぎ、休めるのです。
えっ? クラシック演奏家の作品に対してそんな聴き方は失礼?
いえいえ、川端さんはきっと喜んでくれると確信します。だって、自分のありのままを受け入れてくれる『TENRAI』なのですから!
このアルバムには大自然がやさしく口笛を吹いているような包容力があり、まさに「風の詩」になっていると言えましょう。
商品購入情報・演奏者プロフィール
『TENRAI ー風の詩ー』 Studio N.A.T 2,970円(税込)
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