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それ以上かかわりあいたくなかったから、請求書を書き直すこともなかった。ほかに納品したものも含めて金は一切貰っていない。

インスタグラムに作品の写真をアップするために過去のファイルをほじくり返した。

過去を探るという行為は良い結果だけをもたらすものではない。よかったことを思い出すこともあろうが、そうでないこともまた思い出すことになる。

まあもう時効だろうから書くことにする。
今も下積みが続いているようなものだが、もっと下の方を積んでいたころの話だ。

ある店の開店前にサインボードの依頼があった。板に「Chasher」とか「Retuen」とかそういう類のものを書けというのだ。

そういうのはパソコンでちゃちゃっと作ってプリントしてしまえば時間も金もかからない。どういうわけで俺なんかに頼むのだろう。

自分で言うのもなんだが、書くとなると仕事なのだからそれなりに費用が発生する。相応の額を請求させてもらうことになる。

その店の主人はどうやら金額も含めたいろんなことがお気に召さなかったらしい。俺は呼び出され、開店前のその店の前で、しかも公衆の面前で、立たされたまま、散々な言葉をしばらくの間浴びせられ続けた。

俺は無言でそれを聞いた。

もちろん作品のことだけではない。無名の輩が字を書くくらいで偉そうにこんな額を請求して何様だと思っているのだ、と口汚く罵る。

大人になってあんなに直接的に酷い仕打ちを受けたことはなかった。

またご友人というシドニーでは名の通った料理人にも連絡して俺のことを尋ね、そんなやつ全然有名なんかじゃないぞ、的な言質をとったようで、あいつも言ってたぞ、と「俺だけじゃないぞ」感を出してくる。

そうしておいて今度はこうくる。
「俺も鬼じゃない。半額にしろ。だったら払ってやる。請求書を書き直して持って来い」

要は金をまけさせたかったのか。俺が若いから舐めているのだろう。いいようになると思っているのだ。クソ人間じゃないか…。

結局それ以上かかわりあいたくなかったから、請求書を書き直すこともなかった。ほかに納品したものも含めて金は一切貰っていない。

その後この板の裏には毛筆フォントで同じ文言が印刷されてカウンター上に掲示されてると人づてに聞いた。他に納品した注意書きはそのまま店に貼ってあるらしい。

もちろん俺はその店には一切近づいていない。
あんな奴が作った料理を食うなんて反吐が出そうだ。気持ちが悪い。


さてこの件のあったすぐ後に拙作『ふるさと』は外務本省の審査を通過して国有財産としてキャンベラの日本大使館に収蔵される運びとなる。

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