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マンガ小説 『翔べ!鉄平』 第一部

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エンタメ小説です。気軽に読んでください。太平洋戦争中のメナド奇襲を参考にしている戦争小説です。
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記事一覧

「翔べ! 鉄平」  16

「みんな最初は怖いンだ。沈着冷静に判断し、自分を見つめれば、正直、怖がっている自分が見えてくる。冷静さを失って自分を見失い、判断を誤ることはするな」

 龍宮が小隊を見回して言った。

「はい!」

「これからは自信と勇気を持って、大空に新しい道を切り開こう」

 オオョ!

 奥さんが座敷に入ってきて小隊に酒を注いで行く。

「カラスさんですね」

 奥さんは鉄平に声を掛けた。鉄平はカラスと言わ

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「翔べ! 鉄平」  15

 龍宮中尉の自宅は鉄平の町の駅から一つ目であった。鉄平の兄金平が時々豆腐を売りに来る町でもある。

 大きな木々に囲まれた広大な寺の境内の一角にある駅は小さく、駅前はひっそりとしている。鉄平が狭い改札を出ようとすると、その手前奥にある便所の方から熊沢の声が太く響いた。

「おい、カラス」

「ああ、熊沢さん」

「お前、ここはよく知っているのか?」

「まぁ、少しな。海軍の偉い方々が住んでおる」

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「翔べ! 鉄平」  14

 実家に帰ると、久しぶりに家族全員が揃って食卓を囲んだ。

 銀平も満州での兵役を終え、店を手伝っていた。大豆の価格が高騰し、金平と銀平で方々を駆け回っていたのである。

 父親と二人の兄は満州のことやインドシナの日本軍の話をする。

 会話が途切れたとき、母親が鉄平に聞いた。

「何時か戦争に行くンじゃないのかい」

「ああ、志願したから五年はおらんとな。それに、まだやらなきゃいけないことがある

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「翔べ! 鉄平」  13

 訓練が続く中、鉄平たちは休暇を貰い実家へ帰った。もうすぐ秋の気配を感じる頃であったが、暑さはまだまだ残っていた。

 駅に降り立つと、まず自転車屋を訪ねた。

「おじさん、元気かい」

 と店先でしゃがんで自転車を直す旦那に声を掛けた。旦那は手を休めずに顔だけをちらと向けた。

「おお、鉄平か。海軍で何やっとる」

「へへへ、空、飛ンでる」

 鉄平はニヤニヤというと、旦那は手を止めた。

「亀

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「翔べ! 鉄平」  12

 その後落下傘の改良が進められ、早く開き、人体が着地の衝撃に耐えられる程度に早く落ちるように工夫された。

 落下速度を速めるために傘に大きな穴が開けられた。

 傘には軽い絹の生地を使い、できるだけ小さく纏めて背負えるようになった。

 また安全な降下が期待できるようになると、それに伴って実践を目指した武器や機材の選定と改良が始まった。

 飛行機を操縦する飛行士たちも風向きとその強さ、高度など

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「翔べ! 鉄平」  11

「五、四、三、二、一、ゴォ(Go)!!!――――」

 その力強い怒鳴り声に鉄平はその場で膝を曲げ、腰を引いてしまった。飛行機が細かく左右に揺れる。龍宮少尉は何も言わず眉に力を入れて鉄平を見守った。

「どうした!」

 振り返って怒鳴る猪俣の問いかけに鉄平が答えた。

「すみません! もう一度、お願いします!」

 猿田が食いしばった白い歯を見せて笑顔を鉄平に投げる。鉄平の後に続く三人真剣な眼差

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「翔べ! 鉄平」  10

 年が明けたある日、小隊は厚木の飛行場に駐機する零式輸送機の前に集められた。
 この零式輸送機とは有名なゼロ戦ではなく、ダグラスDC-3を原型とする当時の日本海軍の主力輸送機で、昭和十二年にアメリカから製造権を獲得して以来増産されてきた。
 そして空挺部隊の輸送と降下に適するように改造され、日本海軍の降下訓練用に使われることになるのである。

「おお、飛行機が大きくなっておる」

 と感想を述べあ

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「翔べ! 鉄平」  9

 その後雨天が続き数日間は格納庫での研究が繰り返されたが、三日後再び厚木の飛行場に集められ、その日は海軍や陸軍の将校たちも見学に来ていた。

 今度は別の三人が練習機に乗り込み、鉄平たちは地上から投下を見守ることになった。将校らは落下傘の説明を受けると一様に首を傾げた。するとそれを伺う小隊の者たちに不安がよぎる。

「今回は、落下傘を飛行機の中から引っ張ることにしたンじゃ」

 藤倉博士は空を見上

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「翔べ! 鉄平」  8

 次の日は、戦闘服を着てまだ建設途中の厚木の滑走路にやってきた。

 飛行場に着くと犬飼と熊沢、鉄平が呼ばれ、龍宮少尉に従ってまだ土を剥き出しにした滑走路に向かった。滑走路手前の駐機場には訓練用の飛行機が停まっており、あの猪俣少尉が清々しい笑顔で彼らを迎えた。

「あ、皆さん、体は痛くないですか!」

 と声を掛ける猪俣少尉の笑顔は子供みたいな意地悪さを感じさせた。三人はそれには気が付かず目の前の

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「翔べ! 鉄平」  7

 兵舎前に一般服に身を包んで集合した小隊と研究班は、軍用ではない一般のバスに乗せられ基地を出た。極秘の訓練のための配慮である。
 バスに揺られながら町の様子を眺めると、人々はどこかに向かってあくせくと流れていくように見える。

 第一〇〇一実験が開始されるとほぼ同時期に、中国大陸で抗日戦線を展開している蒋介石へのアメリカとイギリスの支援を遮断するため、日本はフランス領北インドシナへ進駐し、米英の反

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「翔べ! 鉄平」  6

 着地訓練が始まった。

 戦闘服に着替え鉄帽(ヘルメット)を被り、草地に踏み台を置いてその上から飛び降り、着地の練習をする。高さは五十センチほどで、前方に飛び出すと、左右前後に倒れて落下の衝撃を交わす訓練である。

「足が地に着く瞬間から、柔道の受け身で交わすようにしろ!」

 龍宮少尉自身も混ざって訓練をする。練兵場の遠くから見守る他の兵隊たちはそれを不思議そうに眺めている。

「ウ!」

 

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「翔べ! 鉄平」  4

 一九四〇年、昭和十五年十一月、海軍大臣及川古志郎の指令に基づき、『第一〇〇一実験』が開始されることになった。

 その前任の海軍大臣吉田善吾は日独伊三国同盟の締結に反対の立場を貫き米内内閣内で対立を強めていたのだが、昭和十四年、第二次近衛内閣において賛成派が力をつけてくると、吉田は病気を理由に辞任。その後を受ける形で及川が海軍大臣に就任したのである。
 及川は就任するとすぐに海軍側として三国同盟

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「翔べ! 鉄平」  5

 龍宮は三日ほどかけて二十人の兵隊を集めたのである。その集めた二十人の兵卒が二部屋に纏められた。
 鉄平はまだ新兵訓練を終えたばかりで古参の兵隊たちに囲まれて恐縮してしまっていたが、静かなのは鉄平だけではなかった。どうして突然別の部屋に移され、何も説明が無いまま部屋に留め置かれるのか不思議でならない兵隊たちは不安から言葉が少なくなっていた。

「おい、烏山四等兵。部屋を掃除しろ」
 熊沢は無表情な

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「翔べ! 鉄平」  3

「翔べ! 鉄平」  3

 鉄平は自転車屋ではほとんどの修理を任されるようになっていたが、油に塗れて小さな機械をいじっていると、もっと大きな機械を扱ってみたいという自信と欲がわいて来た。傘で飛ぶなどと言う夢を捨てることで大人になれるような気がした。 
 また啓二に再会して以来、軍隊のことが気にかかっていた。また銀平も兵隊に取られた様に、いずれ自分も行くことになる。町を行き交う軍用車両を見ると、軍隊に行けば自動車に関係する仕

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