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辞世の句集

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記事一覧

足利義政

何事も 夢まぼろしと 思い知る 身には憂いも 喜びもなし

十返舎一九

この世をば どりゃお暇に 線香の 煙とともに 灰左様なら

吉田稔麿

結べども 又結べども 黒髪の 乱れそめにし 世をいかにせん

長州藩志士 吉田稔麿(1841-1864)

天保12年閏1月24日(1841年3月16日)長州藩生まれ。父は最下級士であった。安政3(1856)年、吉田松陰の松下村塾で学び、高杉晋作、久坂玄瑞とともに松下三秀といわれた(入江九一を加えて松門四天王と称されることもある)。師・松陰の刑死後、万延元(1860)年脱藩し江戸、京都にて活動。文

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豊臣秀吉

露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことも 夢のまた夢

岡田以蔵

君が為め 尽くす心は 水の泡 消えにし後は 澄みわたる空

芹沢鴨

霜雪に 色よく花の魁て 散りても後に 匂う梅が香

新選組局長 芹沢鴨

玉造勢(のちの水戸天狗党)幹部として攘夷活動中に投獄、獄中で小指を食いちぎり、血で書きつけたこの句を牢の格子に貼ったとされている。周知の通り、彼は1863年(文久3)9月18日夜、島原での宴会の後、屯所である八木邸において新選組近藤一派の手によって暗殺された。

管見の限り、インターネット上で芹沢鴨の半生について様々な記述が

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