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ファッション・アート・エンターテイメントのコラボと商標権・著作権ライセンス


1.はじめに

ファッション業界やアート業界、エンターテイメント業界では、ブランド、アーティスト、アニメ、映画、ゲーム、アート作品、建築物に至るまで、様々なもののコラボレーションが行われます。最近では、Louis Vuittonの草間彌生とのコラボが有名な例です。また、これらの業界に限らず、消費者向けのプロダクトを扱う様々な業界でコラボレーションは行われています。経産省が発表したアートと経済社会について考える研究会報告書 でも、プロダクトブランディングやコーポレートブランディングの一環としてコラボレーションが行われた事例が紹介されていました。
このようにコラボレーションが行われるときに締結されるのが、ライセンス契約です。

✓ ライセンス契約の交渉、クロスボーダーのライセンス

ライセンス契約とは、ブランド名やロゴ、キャラクター、アート作品などの商標権や著作権(まとめて「IP」と呼ばれます。契約上は、ライセンス対象となるものを「プロパティ」と呼ぶことが多いです。)を保有している者(ライセンサー)が、それを利用してプロダクトを作る側(ライセンシー)に、当該IPを利用する権利を許諾するものです。

自社がライセンサー側である場合は、IPのイメージ保護のために様々な条件を付すことが考えられます。反対に、ライセンシーは、自社によるIPの利用を最大限に確保するため、様々な利用方法を定めたり、ライセンサーによるコントロールを最小限に抑えたりします。このように、ライセンス契約では、ライセンサー側とライセンシー側とで、契約交渉で相手方に提示する1stドラフトに大きな乖離があることが多いため、たとえ社内基準で契約条件を決めていたとしても、相手方との交渉になった場合は時間と労力がかかります。

コラボによって製造・制作するプロダクトやコンテンツがグローバル展開を予定している場合、ライセンス対象のプロパティは、全世界のプロパティとなります。外国のIPホルダーがライセンサーになる場合や、自社が保有するIPを外国のライセンシーにライセンスする場合、ライセンス契約書は英文契約書になります。ライセンス契約は、こうしたクロスボーダーの要素を含むことも少なくありません。

本コラムでは、コラボレーションプロジェクトについて、ライセンサー側・ライセンシー側それぞれの視点と、クロスボーダーの要素を踏まえつつ、ライセンス契約上のいくつかのポイントを解説します。

2.ライセンス対象となるプロパティの特定

✓ 何をライセンスするのか? 

ライセンス契約では、ライセンスの対象となるプロパティを特定して明確にすることが契約の根幹となります。
商標権は、登録によって発生する権利です。ライセンシー側としては、プロジェクトに使いたいプロパティの商標調査を行い、ライセンサーが全ての国で権利者となっているかを調べる必要があります。また、ライセンサー側にも、保有している商標権の一覧の開示を求めてリスト化し、契約上、ライセンス対象と、表明保証対象を明確にする必要があります。
これに対し、著作権は、登録によって発生する権利ではなく、著作物の制作とともに、著作権法にもとづき自然発生する権利です。したがって、一体どんな著作物の著作権をライセンスするのかを、契約上明確にする方法が問題になります。アート作品やグラフィックデザインなどの視覚的な著作物の場合は、使用予定のイメージやデザインシートを添付して著作物を特定し、ライセンス対象のプロパティを契約上明確にしておくのが一般的です。
商標権や著作権は、国ごとに発生する権利です。したがって、グローバル展開を予定しているプロダクトやコンテンツの場合、ライセンシー側としては、展開予定のすべての国における権利(全世界で展開予定であれば、全世界の権利)をライセンサーからライセンスしてもらう必要があります。

✓ ライセンサーが本当に商標権・著作権を有しているのか?

もっとも、ライセンサーが必ずしもライセンスに必要な権利をすべて確保できているとは限りません。例えば、コラボの相手方が有名アーティストの商標権・著作権を管理する財団であるような場合、異なる国々で別々の財団が権利を主張したり争ったりしていて、一体誰が真の権利者かよくわからないこともあります。
この問題は、権利が自然発生する著作権の場合は、かなり深刻です。たとえば、サルバドール・ダリの絵画に関し、ダリ作品の展覧会の開催者である日本のいくつかの県と日本の百貨店、およびダリ作品の著作権の利用を許諾したスペイン法人に対して、ダリからその作品の著作権を全て譲り受けたと主張するオランダ法人がした著作権侵害差止訴訟の例(東京高判平成15年5月28日判例時報1831号135頁)があります。
著作権と異なり、商標権は登録により発生するため、通常は権利者が明確です。しかし、商標調査の結果、第三者による登録がされているけれども冒認の疑いがあるケースも、ないわけではありません。また、例えば、バンクシーの作品「“Laugh Now, But One Day We’ll Be In Charge”」が商標登録されたものの、第三者からの無効主張を受けてEUIPOによって一度は無効と判断された事案(その後当該商標は上訴によって有効と判断されました。Pest Control Office Limited v Full Colour Black Limited (Case R 1246/2021-5))のように、登録されている権利であっても争われ、権利関係が安定しないという事態も起こりえます。
こうした場合は、権利を主張している者全員からライセンスの同意を取るか、冒認のように同意取得が現実的でない場合、訴訟リスクを取ってプロジェクトを進めることも検討しなければなりません。

逆に、自社がIPホルダー側で、ライセンシーにライセンスを行う場合は、日常的な著作権・商標権の管理が重要になります。例えば商標権の場合は、マドリッド・プロトコルを利用するなどして全世界で商標権を取得しておくことが、ライセンス契約のスムーズな締結に繋がります。外国でもヒットしそうなコンテンツは、早めに世界各国で商標登録しておくのがよいでしょう。
そして、ライセンシー側は、契約交渉の際、ライセンサーがどの国でどのような商標権を保有しているかの一覧を開示するよう求めてきます。これに応じないとなると、ライセンシーが時間とコストをかけてライセンサーの各国の商標調査を行わなければならなかったり、契約交渉上、ライセンス対象となるプロパティの範囲や表明保証の議論が紛糾したりして、コラボレーションが難航する要因にもなりかねません。ライセンシーからの商標登録一覧の開示要求には迅速に応えられるよう、リストを常にアップデートして管理しておくことがポイントです。

プロジェクトによっては、どのようなデザインをプロパティとして使用するかが最後まで決まらないこともあるため、デザインの変更に応じて権利関係の調査や開示を迅速に行う必要があります。

3.ライセンスの期間

✓ いつからいつまでライセンスするのか?

ライセンシー側としては、ライセンスを受ける期間は、そのIPを使用したプロダクト・コンテンツの流通・展開時期をカバーできるように決める必要があります。
例えば、プレタポルテの場合、南半球では季節が逆転するため、北半球より半年遅れでコレクションが展開されます。それに合わせて、ライセンス期間を南半球では半年長くしておくことがポイントです。
BtoCのプロダクトで、契約期間終了後も製造後の在庫が残るような場合は、その在庫を引き続き販売できる期間(いわゆるセルオフ期間)におけるプロパティや広告宣伝素材の利用をどう確保するかという点も考えなければなりません。

✓ サステナビリティ―「リサイクル」はできるのか?「リサイクル条項」に関する一考察

関連して、自社がライセンシーである場合は、ライセンス期間後に売れ残ったアイテムのリサイクルができることをライセンサーに認めてもらう必要があります。今や、サステナビリティに配慮した事業活動を行うことは企業にとってほぼ常識ですので、契約条件にも「リサイクル条項」を入れて、それを反映する例は珍しくありません。
もっとも、リサイクルはそもそもライセンサーの同意がないとできないのか、という点は考える余地があります。廃棄物を分解して再資源化するリサイクルの場合、日本法上は、「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」(著作権法第30条の4)とはいえないのか、そもそも著作権法上保護を受けるいかなる利用形態にも該当しないのではないか、商標の「使用」にあたらないのではないか、第三者に譲渡して再資源化を行わせる場合はどうか、といった点が問題になると思われるところです。
ロゴや絵柄が残りうるリメイクとは異なり、基本的には、再資源化によってライセンサーの利益が害されることは考えにくいため、ライセンサー側がリサイクルを拒否することは想定しづらいと思われます。万が一、リサイクルが拒否された場合は、リサイクルを諦めなければならないわけではなく、どのような方法のリサイクルならばできるのかを突き詰めて考える余地がありそうです。

4.マーケティング、イメージのコントロール

✓ どのように利用できるのか?

ライセンサーにとっては、ライセンスするIPのイメージが毀損されないように、どのようなコントロールを契約上確保しておくかが非常に重要になります。
たとえば、ライセンサーが、プロパティを利用してライセンシーが制作したプロダクトやコンテンツ、販促物、広告宣伝素材の監修や審査、承認を行う、というものです。
ブランドの視覚的イメージの場合は、ロゴだけでなく、併用する文章のフォントや、背景カラー、ロゴと他の素材との間に設けるスペースに至るまで、ブランドマニュアルによって細かい基準が決められていることがあります。これらの要素が少しでも違えば、見た人に与える印象は大きく変わってしまうため、ライセンサーは、ライセンシーがプロパティを利用して制作したものがその基準に合致しているかどうか、細かく審査する必要があります。キャラクターのデザインの場合も、これと同様のことがいえます。
このほか、アニメや映画、ゲームなどの作品の場合は、プロパティを利用して作られたプロダクトやコンテンツ、販促物、広告宣伝素材が、作品の世界観に合致しているかが審査されます。アーティストなどの人物の場合は、その人の名誉や社会的評判を下げたり、イメージが変わってしまうような使われ方がされていないかをチェックする必要があります。

反対に、自社がライセンシー側である場合は、プロダクトの製造やコンテンツの制作のオペレーションを阻害するような条件が入っていないか、想定している媒体や販売チャネルでの利用を確保できているか等、考えなければならない点が数多くあります。
また、プロジェクトを実際に進める観点からは、たとえば、ライセンサー側が保有しているIPを、国によって異なる拠点やグループ会社が管理していたりする場合に、一体どの国のどのチームが監修にかかわるのか、拠点同士で監修における意見が異なった場合に誰が最終決定をするのか、といったことをライセンサーに確認し、明確にしておくことが考えられます。管理方法が日本と海外とで全く異なるような場合は、そもそも契約を国内用と海外用とで分けて締結することも検討する余地があります。

5.おわりに―コラボレーションプロジェクト成功の鍵

コラボレーションプロジェクトでは、ライセンスに伴うリスクの手当てをしつつ、プロジェクトの目的を達成できるようなプロパティの利用条件を交渉して合意する必要があります。その間にも、プロジェクトのスケジュールは進行してゆくため、初期段階から、デザイン、知財、製造、マーケティング等の各チームが連携して、商標権・著作権の問題や、各利用条件を検討し、企画や契約交渉を進めることが成功の秘訣です。

(中田 マリコ)

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