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短編小説12「秘密(下)」

Illustration&picture/text Shiratori Hiroki


 それから彼等は存外にもたわいのない身の上話をしていた。それは昨日のホテルで食べたディナーはなんだか退屈だったとか、お土産にトンビが前から食べたがっていた明太子を持ってきただとか、そんな話ばかりであった。するとトンビは取引相手に距離を詰めてこう言った「あのね、ヒミツがあるんだ。それもけっこうビックなヒミツ。意外にもバレないでいるのは秘訣があるんだ。ちなみにこの段階でどんなヒミツか、わかるかい?」「なんだろうね。検討がつかないよ。」トンビはゆっくりと口を開いて言った「実はね、プロ野球選手だったんだ。アメリカではけっこう有名だったんだ。怪我で引退してからずいぶん太ったから当てられた人は一人もいない。」
 わたしは国を守るスパイでもあるが、野球ファンでもある。正直、めん食らった。それと同時によくみると確かに2008年に大活躍し、3年という短い選手生命だったが、ニューヨーク・ヤンキースで活躍した選手だった。わたしは我に返って仕事を全うすることに専念した。そして成田行きの出発時刻まであと15分切っていた。


 ジャケットの内ポケットに潜ませた拳銃がほんとうに内ポケットにあるか確かめた。もしもというのは大人の特権だ。拳銃を触っていると普段の生活の中で自分の中には思いもつかない選択肢を与える。めんどうな手段をほとんど省略して殺すことを選択肢に与える。わたしは彼等にゆっくりと近づいた。国が平和になることと大好きな野球選手が葉っぱをやっていることを天秤にかけたとき、冷静じゃなくても前者を選ぶ。これは国を守るスパイであるからだ。わたしにもヒミツがある。スパイというヒミツが
そしてトンビの背後に迫って、覆いかぶさるように身体を強く押し付けた。「薬物所持の疑いで身柄を拘束する!かんねんしろ!」トンビは身体をよじらせながら抵抗していた「なんのことだ!」
トンビの力は強く、暴れまわる四肢を抑えるのは大変だった。「日本の葉っぱを購入してアメリカで販売する気だったんだろう!抵抗するな!」するとトンビは「だから何を言っているんだ。これは化学燃料を一切使わないオーガニックアートなんだ。最近、少しずつ流行り始めているからバイヤーとして日本に向かう途中なんだ!」それと同時にトンビに非常に似た男が走り去っていくのがみえた。振り返るとその男は成田行きのゲートに向かっていた。しかし、先ほどの出来事の人だかりでその男はすぐに見えなくなってしまった。


 わたしもゲートに向かうと従業員の女性に止められて、端的に事情を説明したが、わたしが警察や役人である証拠がないとゲートは通過できないと言うのだ。しかし強く説得しようとすればするほど、わたしが国を守るスパイである立証が難しくなった。そして成田行きの飛行機は予定時刻と共に飛び立ったのであった。

 国を守るスパイは言葉どうり膝から崩れ落ちた。誰にも知られないヒミツを抱えた一人のスパイと誰にも知られることのないヒミツを抱えた飛行機との距離は変態的な速度で離れていった。そして肉眼では確認できないほどに遠くなった飛行機をスパイは見ていた。すると飛行機と同じ方向に飛んでいるツバメがぼんやりとみえた。渡り鳥もヒミツを抱えているのかもしれないと思うと地球的な規模で葉っぱなど、どうでもいいような気がした。わたしがスパイであることもその立証ができない形のない存在であることも、どうでもいいような気がした。複雑で透明なせかいの仕組みについては実は誰も知ることができないのかもしれない。


INFORMATION

2001年生まれの巳年/白鳥ヒロ

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