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「藤原道長の権力と欲望 紫式部の時代」 △読書感想:歴史△(0025)

あくなき権力欲と出世欲には正直、辟易…。日本史上もっとも強い権力を握った男のひとり藤原道長の一代の解説本です。
(本記事/ 文字数:約4100字、読了:約8分)

<趣意>
歴史に関する書籍のブックレビューです。 対象は日本の歴史が中心になりますが世界史も範囲内です。 新刊・旧刊も含めて広く取上げております。

「藤原道長の権力と欲望 紫式部の時代」
著 者: 倉本一宏
出版社: 文藝春秋社(文春新書)
出版年: 2023年


「平等院鳳凰堂」 PublicDomainPicturesによるPixabayからの画像

<構成>

全体で九章構成になっています。
第1章では道長が出世階段を本格的に上がり始めるまでのいわば青年期をまとめています。第2章から第4章までは道長が栄華を確立するまでの道程が描かれています。第5章ではそのなかで道長と三条天皇との確執と相克を中心に述べられています。そして第6章から第8章まで道長の栄華の絶頂期からその死までが語られています。最後に補章として紫式部と源氏物語について道長との関係性を含めて解説されています。

<ポイント>

(1)藤原道長の人生の解説とその政治と権力が分析
「御堂関白記」を素材にして藤原道長の人生と彼による政治の展開そしてその権力の様相が解説されています。その実態は公家たちを天皇に背を向けさせて自らに靡かせるほどの大きさです。またそのような当時の朝廷と公家社会の有様がよく分かります。
(2)多面的視点による藤原道長の考察
藤原道長を藤原実資などの他者の視点から描くことで、彼の人物像を客観的に捉えることができるように考察をしています。とくに実資による道長に対する視線は敬意を示しつつもかなり批判的な見方です。

<著者紹介>

倉本一宏
国際日本文化研究センター教授。専門は日本古代政治史・古記録学。
リンク先:
国際日本文化研究センター
そのほかの著作:
「藤原氏 権力中枢の一族」
「公家源氏 王権を支えた名族」
「平氏 公家の盛衰、武家の興亡」
「平安京の下級役人」
「蘇我氏 古代豪族の興亡」

<こんな方にオススメ>

(1)平安時代の王朝文化が好き。
(2)摂関政治時代の政治や権力の実相に興味がある。
(3)NHK大河ドラマ「光る君へ」に関連する歴史本を読んでみたい。


<私的な雑感>

本書は、藤原道長の人生と人物像をその日記「御堂関白記」をベースに読み解いた概要書という印象です。

本書の最大の特徴は「御堂関白記」に依拠するだけでなく、藤原道長の身近に接していた人物による他の日記「小右記」(藤原実資)と「権記」(藤原行成)という他の視点からの道長の分析を加えることでより立体的に深く考察していることであると思われます。
「御堂関白記」だけでは道長からの視点だけによる一方的な論述になってしまいがちですが、これを同時代に朝廷で直接に道長と関係していた二人の道長に対する記述を加えることで、より客観的に道長の人生や人物像そして彼の権力や行動を理解できることになり、このアプローチはとても成功していると感じました。

とくに「小右記」に記載されている藤原実資の藤原道長に対する意見や感想はとても辛辣で批判的です。しかし実資の道長に対する表向きの態度や行動などはややもすると道長に寄り添っているようにも思えます。それがかえってとても人間味がありたいへん面白く感じました。
また実資は道長に対してだけでなくその周囲のいわば取り巻きたちの言動なども詳しく書き残しており、当時の朝廷貴族たちの考え方や行動の在り方もよく理解できるようになるのではないでしょうか。藤原実資はこの本のもう一人の主人公と言えるかもしれません。

本書はもともと2013年に「藤原道長の権力と欲望 『御堂関白記』を読む」として出版されたものでした。当時は「御堂関白記」がユネスコ「世界の記憶」に現存する世界最古の日記として登録されたことを機に出版されたものと思われます。
2024年に紫式部を主人公として道長の生きた時代を舞台にするNHK大河ドラマ『光る君へ』放送決定を踏まえて補章として紫式部に関する記述を追加されて増補改訂のうえ再出版されました(※著者は『光る君へ」の時代考証を担当しています)。とはいえ追加された補章はほんのさわり程度の分量と内容でちょっと残念な感じもしますが、おもに道長との関係性がテーマになりますので仕方のないところでしょうか。

道長の権力欲やその行動は正直、なんの共感も覚えることもできません。自分の都合のよいこと(要は自分自身の血脈の利益)を最大化して、都合の悪いことは徹底的に無視するか排除するか。とにかく陰日向に嫌がらせをする始末…。著者はそのような面をきちんと活写して読者に伝えてくれます。そのおかげで当時の朝廷と公家たちの関係性やその行動様式と思考様式に精確に触れることができるようになっていると思います。

正直なところ個人的にはこれまで平安時代はあまり興味がなく、関係する書籍はほとんど読んだことがありません。今回、平安時代に触れることができてすこし興味が出てきました。これからはもう少し平安時代にも親しんでいきたいなーと感じました。

読んでよかったです!

<本書詳細>

「藤原道長の権力と欲望 紫式部の時代」 (文藝春秋社)


東京国立博物館,Tokyo National Museum『紫式部日記絵巻断簡』(東京国立博物館所蔵) 「ColBase」収録 (https://jpsearch.go.jp/item/cobas-48368)

<権力欲と出世欲がはびこる平安貴族たちの光と影>

本書では藤原道長の人生と人物がとくにその権力と出世を中心に描かれています。その様子は個人的にはかなり悪し様な印象です。しかしこれは道長だけに限定されるものではなく平安貴族全般にいえることかもしれません。
つねに権力を握るかまたは権力者にぴったりと寄り添わねば、一家や子孫の繁栄を維持できないどころか没落しかねない、そういう当時の公家社会の構造があったのではないかと推察されます。
藤原氏以外の公家は権力の中枢にはもはやおらず、藤原氏であってすらその地位を失って簡単にこぼれ落ちてしまいかねない。朝廷内のポストは限られているのに藤原氏の係累はどんどん増えていくばかり。そこには苛烈な権力闘争と生存競争があったのでしょう。
いわば正統・嫡流といえるような過去を持つ藤原伊周や三条天皇すら、公家社会との縦横の関係が希薄・弱体したがために排除されています。そのような点では単純に血統を重視していたのではなく、そのときに誰がどのような地位にあれば朝廷と公家社会の構造が安定化するのか?ということが重要なポイントだったのでしょうか。そんなわけで栄華を誇った道長・頼通の摂関政治があっさりとその次の院政に権力を奪われてしまった理由もそこにあったのかもしれません。
平安時代というと、内憂外患に悩まされることなく安定的な貴族世界のなかで華やかな王朝文化に興じていたようなイメージが個人的にはつい浮かんでしまいますが、実態はそんなことはなかったのであろうなと思い直した次第です。

<補足>

藤原道長 (Wikipedia)
御堂関白記 (Wikipedia)
藤原実資 (Wikipedia)
小右記 (Wikipedia)
紫式部 (Wikipedia)

<参考リンク>

Web記事/平安王朝最強の実力者は『源氏物語』の誕生にいかに関わったか?  (本の話/文藝春秋社)
書籍「藤原道長 『御堂関白記』全現代語訳」上・下 (講談社学術文庫)
書籍「藤原道長「御堂関白記」を読む」 (講談社学術文庫)
書籍「藤原道長の日常生活」 (講談社現代新書)
書籍「藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝」 (朝日新書)
書籍「紫式部と藤原道長」 (講談社現代新書)
書籍「藤原道長 (人物叢書)」 (吉川弘文館)


<バックナンバー>
バックナンバーはnote内マガジン「読書感想文(歴史)」にまとめております。

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0002 「ナチスの財宝」
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0004 「幕末単身赴任 下級武士の食日記」
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0006 「流浪の戦国貴族 近衛前久」
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0010 「戦国、まずい飯!」
0011 「江戸近郊道しるべ 現代語訳」
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0018 「天下統一 信長と秀吉が成し遂げた『革命』」
0019 「院政 天皇と上皇の日本史」
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0022 「ソース焼きそばの謎」
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(2024/01/02 上町嵩広)

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