見出し画像

セフレのおねえさん

 カーテンの隙間から差し込む朝の光の中で微睡みから目覚めると、いつもの自分の部屋ではないことを、ぼんやりとした頭で思い出した。ホテルの名前は、RだったかWだったか。ホテルとは全く縁のない学生でも知っている外資系の高級ホテルに、とある年上の「おねえさん」に連れられてやってきたのだった。俺を抱き枕にして眠る彼女は20代の後半のはずだ。とある外資系企業でキャリアとして働いている彼女は、学校で身体を重ねるセックスフレンドたちが蕾とするなら、咲き誇る花のような、成熟した大人の、柔らかな身体の持ち主だった。

 「おねえさん」とこういう関係になったのは何から始まったのか、もうよく覚えていない。雨の日に傘を貸してあげたのか、暴漢に襲われていたのか、それともティアマット彗星が二つに割れたから、だったのか。とにかく、彼女は月に1度俺に連絡をくれるようになり、一晩、「ストレス解消」と称して、体力が尽きてくたくたになるまで体を重ねるのが毎月の恒例行事となっていた。昨日の夜も、部屋に連れ込まれて服を脱ぐのももどかしく、シャワールームでも、ソファーの上でも、カーテンを開けた夜景の見える窓辺でも、とにかく時間が惜しいかのように何度となく求めあったのだった。

 ベッドの中、気怠い身体で抱き合うと、とりとめのない話を始めるのが彼女の常だった。セクハラをする上司の話、上手くいかない仕事の話、嫌な取引先、嫉妬深い同僚、海外の支店に赴任した先輩の話、彼女の仕事の夢、エトセトラ。彼女の話に応える必要はなく、ただ相槌を打って髪を撫でるだけでよかった。年下の、少年から青年へと変わったばかりの俺には言えることなどほとんどなかった。「〇〇部長、すごくいやらしい目であたしのこと見るのよ。きっと視姦されてると思う。」と、彼女は腕の中でよく笑う。普段はこんなに笑うことがないのだと言う。

 俺の身体に残るキスマークを彼女が見つけると、楽しそうに彼女が聞いてくるのも、いつもの常だった。彼女?セフレ?かわいい?きれい?おっぱい大きい?どんなふうにするの?学校でもするの?教室?図書室?保健室?フェラしてもらった?ちゃんとゴムしてる?…細かく、ほんとうに細かく尋問され、最後には少し嫉妬したような顔で俺の上に跨ってくるのも、不特定多数の女の子たちとのセックスを再現させられるのも、いつものこと。

 これで縛ってほしい、彼女がおずおずと俺の制服のネクタイを差し出した。そんな趣味があったなんて、と揶揄うと「おねえさん」は少し顔を赤らめてぽつりと呟いた。滅茶苦茶にされて、従属させられて、身体を男の好きなようにされて、全てが終わった後に解かれて許される解放感がたまらないのだ、と。今度犬の首輪でもプレゼントしようか。俺から逃れられない枷を。それなら俺でも買えるよ。と彼女の手首を縛りながら冗談を言うと、彼女は何か言いたげにこちらを見て唇を蠢かせたが、最後には、そういうことはもっと早く言って、と横を向いた。

 ぎしぎしとベッドのスプリングが軋んだ。俺のネクタイに縛られた手首を押さえつけ、上から何度となく彼女の艶めかしい肢体に突き入れた。普段よりも蕩けた秘所は熱く、彼女が絶頂に仰け反っても終わることが無いかのように俺を締め付けていた。手首を縛られ、跳ねる腰を押さえつけられ、逃げる場所の無い快楽に彼女は蕩けきっていた。深い絶頂が終わり、奥深くに濃い精液を注ぎ込み、荒い吐息の余韻の中で枷を解こうとすると、もう少しだけ、と彼女は俺の指に絡めて手を握り、自由にされるのを拒否した。

 ───ホテルを出て駅まで歩く道はいつも気怠い。彼女とはとりとめもない話をするのが常だった。茫々とした、茫々とした他愛もない話。改札付近のいつも別れる場所、「ネクタイが曲がってる」と、彼女は俺のネクタイを整えてくれた。「来月、海外に行くの。」だからもう会えない、もう戻る気は無いから。突然告げられた某国の街の名前には、戸惑いしかなかった。ネクタイをくいっと引かれて雑踏の中で交わされる唇の感触にも。少年は相槌を打って別れの言葉を告げるのが精いっぱいだった。

 元気で。さよなら。彼女が告げて背を向け、改札を抜け、雑踏の中へと溶け込んでゆく。昂然と顔を上げて歩み去ってゆく彼女は、枷を解かれ、自由への意志がその背中に羽ばたいているように感じられた。秋空の風はいつも早く雲が流れ去る。少年は、彼女の姿が見えなくなるまで佇むと、しばし目を閉じ、そして、雑踏には何の関心も無いかのように背を向けた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?