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星に導かれて巡礼の旅へ③ (『スペイン サンティアゴ巡礼の道 新装版』より)

新装版『スペイン サンティアゴ巡礼の道 聖地をめざす旅』で好評だった旅日記エッセイ「星に導かれて巡礼の旅へ」前編の最終回。本では書かれていないnote限定エピソードと、写真家・井島健至さんによる心象風景のような眩いビジュアルをお楽しみください。

■前回までのあらすじ

スペインから帰国した友人夫妻に、聖母マリアをかたどった銀の鈴と、パウロ・コエーリョの小説『星の巡礼』を手渡された、編集者の私。チリンと鈴が鳴った瞬間から、平凡だった日常が変わり始めた。
世界の聖地をめぐっては本を書くようになり、2015年夏、サンティアゴ巡礼本の企画が通ったついでに会社を辞めて、巡礼の旅に出ることにした。

取材チームは、アシスタントのアヤちゃん、写真家の井島氏、そして熊野本宮のヤタガラスこと鳥居さん。なるべく目立たないよう、小型のロケ車を手配したはずが、やってきたのは20人乗りの大きなバスだった。
「カミーノで起こることはすべて必然であり、深い意味があるのだ」とお互いに言い聞かせ、私たち4人の巡礼者は、その大げさなバスに乗り込んだ。

相変わらず、私の頭の大半を占めていたのは「いかに効率よく取材をこなすか?」ということだった。せっかく会社を辞めて、巡礼の旅に出たのに、私の思考回路も行動パターンも、会社員のままだった。
このまま最後まで歩いても、何も変わらなかったら? 想像するだけで恐ろしかったが、すでに旅も半ばに差しかかろうとしていた──。

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魔法の時間

旅の折り返し地点も間近。カストロヘリスは、魔法にかかったような村だった。城塞のある丘をぐるりと取り巻いて、白茶けた家並みが続く。シエスタの時間なのか、私たち以外に人影はなく、死んだように静まり返っていた。
教会の壁に髑髏(どくろ)のレリーフが2つ。井島氏が吸い寄せられるようにシャッターを切っていたのを覚えている。

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いつの間にかみんなとはぐれて、独りになっていた。石畳の道にゆらゆらと陽炎が立ち、頭が少しぼんやりした。
丘の上のお城まで行ってみようと、ふと思った。ちょっとくらい遅れても、みんなに追いつけるだろう。巡礼の道をそれて、私はゆっくりと丘を登り始めた。

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すぐ近くに見えていたのに、道は意外に険しくて難儀した。ようやく頂上にたどり着くと、城は訪れる人もなくさびれていたが、眼下には想像した以上のパノラマが広がっていた。
緑の大地がどこまでも力強くうねっている。風が耳元でビュービューと音を立てていた。あなたは巡礼者なのだと、何かが語りかけてきたような気がした。

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どれくらい時間が経ったのか、はっと我にかえり、もと来た道を下りようとして、下りられないほど急な坂だと気がついた。炎天下で、全身ひやりと冷たくなった。
助けを呼ぼうにも人の姿はなく、携帯電話は風で電波が乱れて通じない。ここに来るまで誰にも会わなかったし、次に旅人がやって来るのは、数日後かもしれない……。

そのとき、チリンと鈴の音が聞こえた気がした。崖の下のほうから、白い衣を着た人たちが一列になって登ってくる。幻覚を見ているのかと思ったが、それは修道僧の一団だった。
中でも若い修道僧が、私にすっと近づいてきた。そして器用に私の腕を支えて、安全な場所まで導いてくれた。まるで『星の巡礼』のワンシーンのようだった。

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📷 峠の手前で待っていてくれた仲間たち

無事にみんなと合流し、急勾配で知られるモステラーレス峠を越えながら、私はたった今起こったことを反芻していた。
古い私は、あの丘の上で死んだのかもしれないと思った。とりたててどこが変わったとも思えなかったが、修道僧が迎えにきたのだから、きっとそうなのだろう。もしかしたら、新しい私はサンティアゴで待っているのかもしれない。

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イテロの橋のたもとで、私たちは難所の峠を越えた喜びを、他の巡礼者と一緒に分かち合った。まさに巡礼の醍醐味だ。
そこに近づいてきたのが、大きなバスである。几帳面なアベルが時間を守っただけなのだが、非常に気まずいタイミングだった。

巡礼者たちが目を丸くする中、私たちはバスに走り込んだ。「ごめんなさい! 次は絶対に全部歩きますから!」窓の外に向かって、アヤちゃんが叫んだ。私も井島氏もそして鳥居さんも、同じ気持ちだった。

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レオンの先で、お世話になったアベルのバスともさよならだ。別れ際に、彼がサンティアゴのあるガリシア出身だと知った。北スペイン、特にガリシアの人たちはシャイで生真面目で、日本人に気質が似ていると聞いたことがある。

最初は完全な手配ミスに思えたアベルも彼のバスも、私たちの巡礼のために特別に用意された存在だったということは、疑いの余地がない。

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📷 すっかり仲良くなった鳥居さんとアベル

バスを手放した私たちが、旅の後半、どんな目に遭ったか……興味のある方は、書籍に収録した鳥居さんの手記「ヤタガラスの巡礼日記」をぜひお読みいただきたい。

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ゴールのサンティアゴまで、あと約250キロ。パウロ・コエーリョの小説『星の巡礼』のファンにとっては聖地?かもしれない、フォンセバドンに到着。パウロが犬の姿をした悪魔と対峙した場所だ。
私も愛読者の端くれなので、ここは今回の旅の大きな目的の一つだった。さっそく大きな犬が近づいてきたので、来たな、と身構えたが、悪魔ではなさそうだった。

長らく廃村となっていたフォンセバドンだが、近年の巡礼ブームで、古民家バルやゲストハウスが増えて、いまどきなスポットに変身。この村はいずれよみがえる、と作中でパウロが予言した通りになった。

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ここも『星の巡礼』の重要な舞台。
ポンフェラーダは、テンプル騎士団のお城が守る町。城門をくぐると、今にも中世の騎士と出くわしそうな雰囲気が漂う。

お城を建設するとき、一人の騎士が、古い樫の木(エンシーナ)の隙間に隠されていたマリア像を見つけたという伝説が残り、広場にはそのブロンズ像もある。

教会の中には樫の木のマリア像が、この地域の守護聖女として祀られていた。樫の木、というところがまたケルトの魔術的世界を思わせて、私は再びうっとりとするのだった。

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親愛なるバスに別れを告げてから、私たちは誰はばかることなく、ホンモノの巡礼者として堂々と「正装」で歩くようになった。
我々の正装とは、熊野本宮の皆地笠(みなちがさ)にヤタガラスTシャツである。

このスタイルで歩きましょうと提案してきたのは、アヤちゃんだった。私は最初渋っていたが、いざ歩き始めると、なかなか快適な装備だということがわかった。

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ここまで来れば、神様に許されるという有名な「許しの門」があるビジャフランカ・デル・ビエルソは、巡礼者や観光客であふれ返っていたが、私たちの姿は街に自然に溶け込んでいた(ように思う)。

皆地笠は、熊野本宮の皆地エリアの特産品で、希少な「檜の皮」で編まれている。よって、スゲで編まれた菅笠(すげがさ)とは似て非なるものだ。
「熊野本宮」という墨文字は、熊野本宮大社の九鬼家隆宮司に揮毫いただいた。

ヤタガラスTシャツは、熊野在住の有名イラストレーター佳矢乃さんの作品。これを着ていると、どこまでも歩けそうな気になる。

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何度も洗濯してくたびれてきたので、1枚処分しようとしたら、前足を上げて威嚇してきた。結局、捨てられなかった。

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すっかり旅なれてきた鳥居さんは、姉妹道である熊野古道との「共通巡礼のPRにいそしむようになった。本宮なまりの和歌山弁しかしゃべれないはずなのに、そのコミュニケーション能力は半端なかった。
熊野の神に仕えるヤタガラス、というのは本当だったのだ。

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そんな鳥居さんも、最後の難所セブレイロ峠に佇んで、ふるさと熊野の山が恋しくなったようだ。めはり寿司が食べたい、と時折つぶやくようになっていた。

そして、ついに──。

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📷大聖堂前の広場で撮影に協力してくれた巡礼者の皆さん

どこからか流れてくるガイタ(ガリシア地方のバグパイプ)の旋律を聴きながら、顔見知りの巡礼者同士、駆け寄って抱き合ったり、バックパックを放り出して仰向けに寝転んだり……。私にとっては半年ぶり、二度目の聖地サンティアゴだった。

前回は「ラスト100km 初心者向けツアー」だったが、大聖堂のボタフメイロではみんなで大泣きしてしまった。

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今回は、前半はところどころロケ車を利用したものの、フランス国境のスタート地点から、1カ月にわたる長い旅だった。歩いた距離は数百キロになる。

どんなに感動するだろうか、と思っていたが……実は、最後の最後に落とし穴があった。

さかのぼること、数時間前。
優秀な取材記者であるアヤちゃんが言ったのだった。「雨が近づいているので、サンティアゴには今日、先にタクシーで行ってしまいましょう」

これは正論であり、カメラマンである井島氏にも勿論異存はない。旅の間中ずっと、「効率」ばかり考えていたはずの私だけが、呆然としていた。

20年かけて、この日のために準備してきたはずなのに。自分の足で歩いて、新しい自分に会うはずだったのに。

思いがけず湧き上がってきた心の叫びを、聞いている人はいなかった。私は残るね、と言える立場ではなかった。これは個人的な巡礼旅ではなく、チームを率いての仕事なのだ。

鳥居さんをアメナルのバルに残し、私たちは、タクシーを飛ばして、あっという間にサンティアゴに入城したのだった。

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旅の余韻に浸る巡礼者たちの傍らで、ひんやりした石畳に足を投げ出し、天を衝くような大聖堂の尖塔を、ぼんやり見上げた。

視界の遠くの方では、井島氏が熱心にファインダーをのぞき込んでいる。その姿には喜びがあふれ、目の前で展開する感動的な絵の一部となっていた。ついさっきまでは仲間だったのに、なんだか遠い世界に行ってしまったような気がした。

こんなふうに旅が終わるなんて、思いもしなかった。私はこれから、どうすればいいのだろう。新しい私は、どこにいるのだろう。静かに涙が流れた。

いつの間にか、アヤちゃんが横にきて座っていた。大聖堂をまっすぐ見つめたまま、彼女は言った。「また、来ればいいんですよ」
私はまじまじと彼女の顔を見た。

また再び、巡礼の旅に出ることがあったなら、今度は1メートルのズルもなしに歩き通したい──私は心の底から願った。

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それが実現したのは、3年後。宇宙が私に遣わしてきたのは、これまた意外な人物だった──。

◆初出 『スペイン サンティアゴ巡礼の道 新装版』(実業之日本社刊)
※後半部分はnote限定の書き下ろし

カバー

ここまでお読みいただきありがとうございました。次回からは冬のカミーノ編が始まります。引き続きお楽しみください!

¡Hasta luego!(アスタ ルエゴ またね)
by アヤちゃん

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