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祈りのカクテル.7


「私は、孤独感を感じることが、最も嫌いなんです」

 彼は黙って私の話を聞いている。

「ずっと、周りの意見を聞いていたんです。自分の意見を出すのが怖くて、集団から孤立することが怖くて、ずっと誰からも離れないように、一番人が多い集団の意見にひっついて生きてきたんです」
「ほう」
「でも、孤独感を紛らわすためにあらゆる選択を周りに委ねて生きていると、時折自分ではどうすることも出来ない虚無感のようなものに襲われることがあるんです」
「虚しい、という感覚は最も人を苦しめるものの一つですね」
「そうなんです」
「それは、苦しいですね」

 黒田さんは黙って頷いた後、何かを確認する様に私の方をちらっと眺めた。「どうかしましたか?」と聞くと、黒田さんは「幼少期に、何か突飛なことを言って怒られたり、怖い思いをしたことはありませんか」と聞いてきた。

「あぁ、どうだろう」
「私は長いこと、沢山の人達を見てきました。ですから、大抵の人達は目を見ればどんな人なのか、分かります。目は口程に物を言うと言いますから」

 私は何を言われているのか分からずに、訝しげな眼を彼に向けた。

「私のことも、目を見れば大抵のことは分かると」
「その通りです。あくまで『概ねこういったものだろう』という外観のところまでしか分かりませんが。大切なのは適切かつ十分なコミュニケーションを取って、相手の内面まで丁寧に聞くことですから。外観による判断は最初の切り口に過ぎません」
「私は、あなたの目にはどう映ったんですか?」

 黒田さんは言葉を慎重に選ぶように、ゆっくりと話した。

「あくまで私の個人的な意見に過ぎませんが、あなたは『特別な人』なのだと思います」
「特別な人?」
「一般的に、尖った特徴を持っている人は社会生活を上手く営んでいくことができません」

 私は彼の目を真っすぐに見つめて聞く。

「社会生活を上手く営めない」

「そうです。あなたの話を聞いている限り、『自我がない』というのは嘘だと思います。あなたにはどうしようもなく抑えられないほどの強烈な自我がある。ただ、自身の中にある自我を人前に出すことを極端に恐れているだけのように思えます。本当に自我がない人は、深い話なんて出来ませんから。私はあなたと話していてとても楽しいです。興味深い話を、この人となら出来ると感じさせるものがあります。ですから、あなたは強烈な自己と凡庸な社会との間に温度差や摩擦を感じている『特別な人』だと思ったのです」

 彼はひとしきり言い終えると、私に話の内容を消化する時間を与えてくれているのか、少しの間黙っていた。二呼吸程置いた後、彼は先程の話の続きを始めた。

「尖った特徴を持っている人は社会生活を上手く営んでいくことができないという話ですが、その光景は、周りの人達からしたら『異常』なものです。当然できて然るべきものごとを、全くこなせない人達がいるということは」

 彼は自身の大きな喉仏をゆっくりと上下させながら、包み込むような暖かな声で言う。

「ただし、こういった人々は周りの人達が通常の生活を営んでいるだけでは到達できないような深いところまで思考を巡らせたり、何かの技術を熟練させることが出来ます。それは、通常『やって然るべきこと』をやらないから可能なのです。この社会で生きていくうえで、『やるべきこと』は無限に出てきます。『普通の』人達はそのいなし方を知らないのです。『特別な人』は衝動的で、爆発的なエネルギーを持って生活している。彼らは知っているんです。自身が抱えている莫大なエネルギーの功罪を。自身が持っている膨大なエネルギーは適切な方角へ進むために一気に投下されるべきものです。頭の良い人達は、社会的な文脈に則った『正解』が、あくまで他人が作り出した『願望』に過ぎないことを認識しています。はっきりと。だから、虚しい有象無象の『願望』に自身の貴重なエネルギーを吸い取られることに大きな抵抗感を感じます。アナフィラキシーが起こってもおかしくないほどの憎悪の感情を社会的な正解に対して向けることになります。彼らは、自身のエネルギーを投下すべきものに集中するために、彼らはあえて『何もしない』という選択を取ります」

 私は自身の特徴をズバズバと言い当てられ、たじろいでしまった。

「あなたにも、思い当たる節はありませんか」
「どうしてそんなに私のことが分かるんですか」
「私がそうだったからです」

 バーテンダーという職を選んでいるからには、確かに世間一般的に言われるような『正解』の選択ではないだろう。確かに合点がいく。彼はそのまま続けた。



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