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祈りのカクテル.4


 天神駅地下街を通り抜けると、そこには煌びやかな夜の街の喧騒があった。私は『からくり時計』の横を通り過ぎ、地上へと出た。

 私は飯塚市にある工場に勤務していたが、そこが社長の自殺によって倒産し、私は親戚の伝手を辿って福岡市内の小さな出版社に勤務するようになった。八木山を越え、飯塚市から福岡市内の新居へと引っ越してきてから、もう五年経つ。

 しかし、未だに天神周辺をうろつこうとすると、迷路に迷い込んだ様に感じることがある。今日は博多駅の筑紫口側にある小さな印刷会社との面談を行って、契約を破棄してきたところだ。

 事務的なものとはいえ、人の人生に影響を与えるようないざこざを処理しなければならないとき、私は酷く消耗する。

 いつものように、私は自身にリセットをかけるために、いつも通っているバーへと向かった。

 大通りから少し逸れた小道へ入り、洒落た古着の店やシーシャバー、セレクトショップなどの横を通り過ぎ、人目に付かないところにあるビルの前へ私は辿り着いた。

 私は大通り近くにある活気ある通りにひっそりと佇んでいる、人気のないビルへと続く階段を上った。

 暗がりの中を階段の足元だけが暖色の証明に照らされ、何やら神聖な場所へと続くものに見えてくる。ただし、ビルは灰色の淡色なもので、表に何の看板も立っていない。

 つまり、ここに何があるのか、既に知っている人しか入れないようになっている。地図にも表示が出ていない。

 ようするに、ここは隠れ家的なバーなのだ。以前は会員証を持っていなければ、入ることすら許されない場所だった。

 私は一人になりたいとき、思索に耽りたいときは、こうして一人でここに来る。

 以前勤めていた会社の社長が連れてきてくれたことがあって、私はこの店を知っている。一見さんへの敷居は相変わらず高いが、少し前から会員証の制度は無くなったみたいだ。

 だから、私でも入れる。

 この時代に店の写真や情報がネットで検索して出てこないなんて、驚いてしまう。

 しかし、その敷居の高さが、かえって有名人や常連の客にとっては安心できるらしく、この店は夜の喧騒から身を隠すように、十数年もの間、ひっそりと佇んでいる。

 前回来たのは約三年前だが、私はこの店をふと訪れたいと思った。

 何かに導かれるように、何となく。その店は、依然と変わらず、ひっそりと夜の喧騒から身を隠すように佇んでいた。



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