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【夏の風景】彼女も暑いと汗をかく生身の人間なのだと思った。


 目的の喫茶店は、海岸通りに面していた。ほったて小屋のような建物で、「氷」ののぼり旗がはためいていた。入り口には裸電球がぶらさがり、軒下にはパイプ椅子が四つ、「ドライアイス」と書かれた保冷庫も外に出されていた。保冷庫の傍には黄色のビールケースが転がっていた。店舗とセットのように、傍にはむくの木が立っていた。
 喫茶店というより、駄菓子屋といったところだ。お嬢様っぽい満里奈さんがこんなところに来るのだと少々、虚を突かれた。
「ここです」店の前で自転車を停めて、満里奈さんはあとからついてきたぼくに振り返ってきた。ゆっくりと自転車を漕いでいたけど、彼女の首筋がほんのりと汗ばんでいた。あたり前だけど、彼女も暑いと汗をかく生身の人間なのだと思った。
 かき氷屋の店内は六畳ほどの広さで、木のカウンターと客用のテーブルが一つ、パイプ椅子が三つあった。カウンターのなかに六十過ぎぐらいのおじさんのようなパンチパーマのおばさんがいた。満里奈さんを見て、「あら、いらっしゃい」と嬉しそうに声をかけたが、見慣れないぼくが入ってくるなり、わかりやすいほど、警戒するような視線を向けてきた。
「こんにちは。おばちゃん。こちらは苫田潤さん。普段は京都市内に住んでいらっしゃって、おばあちゃんの家がこっちにあるから、夏休み中、遊びに来ていらっしゃるの」
 おばちゃんの視線など気にせず、満里奈さんはすらすらとぼくを紹介した。ぼくはおばちゃんと目を合わさず、軽く会釈だけした。
 年季の入ったこぢんまりとしたカウンターのうえには、バカでかいかき氷器が置かれていた。業務用なのだろう。幼児用の椅子のようなかたちをしており、車ぐらい大きいハンドルがくっついていた。かき氷器の隣には、十二色のクレヨンのように色とりどりのシロップが並べられていた。チューブタイプのチョコレートもあった。カウンターの奥の棚には、かき氷用の底の浅いガラスが積まれ、それは外から差し込む夏の斜光で美しく輝いていた。
 壁には手書きのメニューが張られていた。かき氷は一〇〇円で、アイスコーヒーやオレンジジュース、リンゴジュースは一二〇円、カルピスとメロンソーダーは一五〇円だった。メニューの横にかけられた壁時計は、ちょうど十五時半になろうとしていた。
「潤さんは、なににしますか?」
 ふわっと二の腕がくっつくほどの距離まで満里奈さんが詰めてきた。
「え、えっと。じゃあ……」


『僕たちの五号機』より


両親は離婚、中二の妹は中年男性の部屋に入り浸っていた。家族がバラバラになろうとしている最後の夏休み、十六歳のぼくは「海の京都」と呼ばれる京都府北部のY町へ向かった。そこには四年前、仲良くなった山谷勇吉・陽太という兄弟がいた。学校でも家でもナヨナヨしているぼくだが、兄弟にとってはヒーローだった。


柚木怜のYouTubeチャンネル「ちづ姉さんのアトリエ」では、ちづ姉さんによる官能小説の朗読も行っています。


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著者プロフィール
柚木怜(ゆずき・れい)
京都出身、東京在住。1976年生まれ。
23歳の頃よりフリーライターとして、週刊誌を中心に記事を執筆。30歳の時、週刊大衆にて、初の官能小説『白衣の濡れ天使』を連載開始(のちに文庫化されて『惑わせ天使』と改題)。
おもに、昭和末期を舞台にしたノスタルジックで、年上女性の母性溢れる官能小説を手がける。
また、YouTubeチャンネル「ちづ姉さんのアトリエ」にて、作品を朗読配信中。

著書
『惑わせ天使』(双葉社)
『おまつり』(一篇「恋人つなぎ」 双葉社)
『ぬくもり』(一篇「リフレイン」 双葉社)
『初体験』(一篇「制服のシンデレラ」葉山れい名義 双葉社)
『明君のお母さんと僕』(匠芸社)
『お向かいさんは僕の先生』(匠芸社)
『キウイ基地ーポルノ女優と過ごした夏』(匠芸社)
『邪淫の蛇 女教師・白木麗奈の失踪事件 堕天調教編』(匠芸社)
『邪淫の蛇 夢幻快楽編』(匠芸社)
『姉枕』(匠芸社)

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