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“うつヌケ”というプレッシャー

『うつヌケ』を買って半年以上。

やっと最後まで読み切ることができました。

気になって買ったものの、なかなか開くことができず。


「みんなはよくなっているのに、私は全然よくなってない」と無駄に焦りを感じて、なかなか向き合えませんでした。(焦りは今でもあります、すごく)

読み始めてからも、当時の私にとっては文字が多く感じて、頭に入ってきませんでした。

でも、半年の間、読めるときに読み進めて、読んでよかったと思っています。

そう思えたのは、150ページ。一色伸幸さんの場合のところで、

“ただただ思うことは「死にたい」ではなく 消えてなくなりたい”

という表現に、共感したからです。

感動すら覚えました。

そうなんです、「死にたい」ではなく、消えたい。

時々出たきては、私を苦しめるこの感情。

まさに同じ気持ちを味わっていて、同じ表現をする人がいる。

ということは、そんな人たちがうつヌケを経験しているのなら、私もいつかはうつヌケを感じることができるのかなと思えました。

「うつヌケなんて、よくなった人の話でしょ」と、自分とは違う人たち、よくなれた人たちなんだからと、境界線を引いていましたが、もう一度、最初から、素直な気持ちで読んでみたいと思っています。

きっといろんな気付きがあるのではないかと。

まだ一読するのが精いっぱいで、また表紙を開けるのがいつになるかはわかりませんが、必ずもう一度読みます。

あと、以前、この本をうつのお友達にプレゼントしてあげたいと書いていらっしゃる方がいました。

私だったらの話ですが、私は女友達からこれをプレゼントされたら、すごくいやです。

もちろん、心配してくれて、少しでも力になれたらと思ってのことだとはわかりますが、私の場合、無駄に高いプライドがズタズタになります。

あくまで、私の場合ですが。

お友達との関係性にもよると思います。



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