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映画『北極百貨店のコンシェルジュさん』感想

予告編
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エンパシー


 今年、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(感想文リンク)がオスカーを獲得したのは、その顕れというか何というか……。世の中の、少なくともアメリカでのエンタメづくりの潮流、或いはその兆しを象徴していたのかもしれません。もちろん、一映画としても十分に楽しめる作品ではありましたが、猫も杓子も「多様性だー」となっていく中(←さすがに嫌味な言い方かも……すみません)で、何を大切にしていくべきなのかというのがしっかりと示されていた印象でした。そして本作(原作本は未読)もまた、今の世の中で、何が大切なのかというのが描かれていた印象です。わざわざ『エブエブ』の話をする必要は無かったかもしれませんが笑、オスカー獲得以降、(あくまで僕が今年に劇場で観た邦画の中では)同様のテーマ性を感じ取れたのは本作が初めてだったので、ついつい引き合いに出してしまいました。

 

 ありとあらゆる動物たちが来店する「北極百貨店」が舞台の本作。中には「V.I.A」(ベリー・インポータント・アニマル)と呼ばれるような個性豊かな絶滅種まで来店し、多種多様な動物のお客様を相手に、新人のコンシェルジュが奮闘する物語。

 主人公がド新人というのが良いと思います。右も左もわからない、失敗だらけの方が、ドタバタ感があって物語が面白くなるというのもあるとは思いますが、上手くいかないからこそ、「立派なコンシェルジュになるにはどうすれば良いのか」「どうすれば改善できるのか」といった、主人公の成長のドラマへと繋がっていき、それが同時に(実際の百貨店での接客業とは異なる部分もあるかもしれませんが)「接客」や「おもてなし」など、コンシェルジュ業務の根幹——プロとしての意識や精神など——を窺い知ることが出来る。また、延いてはそれによって本作の中にあるテーマも浮き彫りになってくる。それこそが、本項の冒頭で述べた “『エブエブ』と同様のテーマ性”。……もちろん、超個人的な “こじつけ” ってやつです。だからこその “感想” 文ってやつなんですけど笑。



 ——色んな動物がいっぱい——それは、主人公・秋乃(CV:川井田夏海)のモノローグでも語られていたように、それぞれが大きさも異なるし、羽があったり角があったり嘴があったり蹄があったり……。安易な目線で見てしまえば、或いは穿った見方をしてしまえば、多様性を大事にすることをパフォーマンス的に主張しているだけかのよう。けれど、本作をご覧になった方ならおわかりの通り、「みんな違って、みんないい」のはずの中で、コンシェルジュという職業は、分け隔てなく平等に、そして自分自身の物差しで判断して、それぞれのお客様にとっての最善を提供しなければならない。

 ……言葉にした途端、とんでもない鬼畜業務に思えてきた笑。まぁそれはさておき。例えば羽の無い人間に、鳥の気持ちを完全に理解することは難しい。だから、シンパシーは重要だけど、僕らにできることと言えば、想像してみることくらい。大切なのはそういったエンパシー。もちろん、想像だけで他人のことを完璧に理解出来たりはしません。突然エレベーターの動きが遅くなって不思議に思ってしまう人間もいれば、自分が乗ると「いつもこうなんだ」と、遅くなった理由を理解しているケナガマンモスもいる。自身の羽を誰がどう見ても美しいと信じているクジャクもいれば、そのあまりの煌びやかな刺激が強過ぎて困ってしまう夜行性の動物もいる……。

 

 「多様性」って大事です。でも、「じゃあそのために必要なのは何だろう?」ということを示すタイミングに来たんじゃないか。「多様性」がスローガンというか、ただのムーブメントみたいな扱いになってしまっていることが多々あるように思えることもしばしばですが、そろそろ次のフェーズに移る時なのかもしれません。『エブエブ』のオスカー獲得は、そんなことの顕れなのかな、なんて思えてきます。そんな視点で観てみると、本作もまた、そういったテーマが隠されていたような気がしてなりません。

 

 とはいえ、世の中は完璧じゃない。トラブルも起きてしまう。本作の終盤、取り返しの付かないトラブルが起きた際、ケナガマンモスのウーリーさん(CV:津田健次郎)の心を癒すことができたのは、優しさがあったからなんじゃないかな。「Be Kind」なんつって、またまた『エブエブ』を引き合いに出したくなっちゃって、いい加減しつこいなと反省しています笑。完璧じゃない、トラブルも起きる、そんな中で、「じゃあどうやってより良い方向へと歩み進めるか」となった時、優しい心で相手のことを思いやってみることが重要なんだ、と教えてくれるような結末。

 

 「必要なものを買う時代は終わった」「欲望が集まる場所」などと、百貨店の存在を、まるで今の世の中を揶揄するような形で語ることもあった本作。深読みしてしまえば、その言葉は「北極百貨店」が今の世の中の暗喩みたいな存在でもあると言い換えられるのかもしれません。店内の映像ばかりで、お店の外の様子がほとんど映されず、最後のエンドクレジットシーンになってようやく映ったと思えば、どこか秘境の森にポツンと存在しているかのように、百貨店の周りには何も人工物らしきものが見当たらなかったのも相俟って、そんなことを考えてしまいました。本作は、舞台となる「北極百貨店」でもって世の中・世間というものを表し、その比喩表現の中で “何が大切なのか” を描くことで、実際の世の中においての大切なことをも示していた素敵な映画だったと思います。


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