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映画『ヒューマン・ボイス』感想 

予告編
 ↓ 


心の在り様


 ジャン・コクトーの戯曲『人間の声』を自由に翻案した本作。冒頭に黒バックでその説明のテロップが流れますが、個人的な意見としては、本作の原案が何だろうがそんなに気にしなくても良いかと。

およそ30分という短い上映時間ではありますが、短いからこそ集中力を上 げ、背景や小道具の一つ一つまでをも見逃すまいと、目を皿のようにして映画を楽しむことができる。

(偶然かもしれませんが)劇場にはパンフも置いておらず、ましてや僕は『人間の声』という戯曲については本作のテロップで流れたのを読んで初めて知ったものなので、これから述べていく感想のそれぞれ全てが間違っている可能性も大いにあります笑。けどまぁ、そこはそんなに重要じゃないのかも。



 巷では、”一番の見所は主演のティルダ・スウィントンの一人芝居” という声が溢れていましたが、それだけを楽しみに観ていたら、本作を心から堪能するのは難しい(勿論、一人芝居も圧巻でしたが)。

ペドロ・アルモドバル監督の色彩感覚というか、視覚表現をじっくりと味わい、それをどう感じていくかが醍醐味の一つだと思うので、できることなら未見の方は本項を読まないでおいた方が良いんじゃないかな。まぁネタバレのタグは付けていないのですが、感想文の後半に多少のネタバレがありますし……。とはいえ、ネタバレがどうこうというレベルの作品ではないと思います。本項の下の方にある『※』まではネタバレしていないので、もしよろしければ本作を未見の方も途中までお読み頂ければ嬉しいです。

とりあえず現時点で述べられることは、本作が素晴らしいということ。

しかしながら、明確な説明もないので、作品としてはオススメしません。……我ながらホントに無責任な物の言い方ですよねー笑。でもホントに良い映画だったと思っています!



 正確に言えば違いますが、ほとんど一人芝居のみで成り立っている物語。登場するのは買い物先の店員と、飼い犬のダッシュのみ。そんな本作は、真っ赤なドレスを着た女性(主人公)の姿から始まります。その色鮮やかな姿は、否が応でも服装を際立たせる。本作では、短い上映時間の中で服装が何度も変化し、それが同時に彼女の心境・心情ともリンクしている印象でした。

例えば序盤の買い物シーンは、冒頭とは打って変わって真っ青な服。元恋人への未練など、 冷静ではいられない自分を他人に見せないように、まるで家の外では平静を装っているかのよう。そして途中、頭を冷やすために家のシャワーを浴びているシーンでは、その場面だけ彼女の背後に青色が重なるようになっており、赤と青の対比、服装・背景などまでが彼女の心を語っているようにも感じられます。

グラフィックなセンスが光るインテリアにも見劣りしないファッショナブルな服装、そのどれもこれもをかっこよく着こなしてしまうティルダ・スウィントンの美しさに、ついつい見惚れてしまいそうになりますが、それらの特徴的な色使いは、背景の色合いとも呼応し始める瞬間も存在するので、彼女だけに目を奪われないようにしたいところです。

彼女の一人芝居であるからこそ、尚更に。



 物語の中心は彼女の家の中……のように見えて、実はどこか広い作業場のような空間に作られた、室内を模したセットのような場所。外界と隔絶された空間で且つ、時折、俯瞰で映される高い位置からの画角によって、まるでそこが自宅というよりは彼女の心の中を視覚化した空間のように見えてくる。そこで起きる事の全て、存在するものの何もかもが彼女の心の在り様に見えてくる。


だとすれば、部屋の片隅に残ったままの、元恋人・ホセの荷物が詰まったスーツケースは、未練を消し、想いに蓋をしているだけで実はホセへの想いをまだ捨て切れていないことの証。

また、居なくなってしまったホセとの電話の中で出てきた「犬もあなた(ホセ)を求めている」という彼女の一連のセリフと、部屋に置かれたままのスーツケースが気になってクンクンと匂いを嗅ぎ回るダッシュの姿からは、ダッシュが彼女の心の写し鏡の役割を担っているようにも見えてきます。

ホセを求めている犬とは、〈私自身〉なのだと。




 ※ラストのネタバレあり ↓


 ラスト、服装(≒気持ち)を新たに、それまでの想いとキッチリ決別し、外の世界へ歩みだす彼女がダッシュに向かって「私が新しい飼い主よ」と声を掛ける様からは、〈私〉の飼い主はあくまで私自身——恋人に依存していたような今までの〈私〉は終わり——みたいなニュアンスが窺えます。

それとなく原案のあらすじを調べてみましたが、特にこのラストの締め括りがだいぶ変わっており、このラストシーンこそ監督が自由に翻案した中でも見どころの一つだったのかもしれません。この結末自体も素敵だし、何より主演のティルダ・スウィントンの雰囲気との相性がとても好い終わり方だと感じました。


 骨組みだけのマネキンや、劇中画の女性の裸体、破られたスーツ、割れた陶器、そこに座るダッシュ……etc. 

挙げたら切りがないだとか、そんなんですらない。もう何でしょうね、マジで無駄なものや不要な瞬間が一つも無い。大仰な形容ですが、全部が名シーンだったのかも。

何度も観直す価値があると思います。短編だから観易いしね笑。


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