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映画『淪落の人』感想

予告編
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 明日5月10日(水)にWOWOWにて放送予定の本作。

日本での劇場公開前の大阪アジアン映画祭では『みじめな人』というタイトルでも出品されていたそうです。

「みじめ」も「淪落」も、あまり良い印象の言葉でないかもしれませんが、とても素敵な物語の映画でした。

もしよければ読んでくださいー。


性善


 冒頭、謎の震動音が鳴り響く。どうやらそれは工事か何かの音。皆さんは有給休暇とか、学生なら開校記念日とか何かしらの行事の振替休日で、平日の昼間に家でゆっくりできるはずの時に工事の騒音に悩まされた経験はありますかね? 昼間の団地の静けさには似つかわしくない工事音はあまりにも鬱陶しいですが、その直後に明かされる、主人公チョンウィン(アンソニー・ウォン)が日中にも関わらず仕事もせずに家に居る理由と掛け合わせると、この騒音の煩わしさは、彼の日常生活に同化してしまっている鬱陶しい不便さ・不自由さのメタファーだと推察できます。少なくとも彼自身の表情からは、そんな気配が窺い知れます。


 本作は、事故で半身不随になった男チョンウィンと家政婦エヴリン(クリセル・コンサンジ)が少しずつ心を通わせていく様を優しく描いたヒューマンドラマ。

ともすれば数年前にヒットした映画『最強のふたり』を彷彿とさせなくもない物語なのですが、もしやオマージュなんじゃないかと見て取れるシーンが幾つもあります。鏡の前で身嗜みを整える際、時折茶目っ気混じりにふざけてみたり、電動車椅子に2人乗りしてみたり……。その他、ピアノの旋律の美しさも相俟って、所々で比較して観てしまう方も居るかもしれません。

そしてだからこそ、違う展開になった本作がより印象的になる。これはどちらがより正しい、より良い、より美しいという話ではなく、あくまでも『最強のふたり』とは違う解答だったというだけ。互いが互いの善意に救われる、とても素敵な物語。



 障がいを持つ人の気持ちを理解できるだなんておこがましいことは言いませんが、これは僕が男性だからでしょうか、やはり感情移入してしまうのは主人公のチョンウィン。作中で描かれる素敵なシーンの数々も、どうしたってチョンウィン目線で考えてしまいます。

序盤、彼は本当に愛想の悪い人だった。後半になってから明らかになる、彼が車椅子生活を余儀なくされた理由や普段の生活の辛さを考えると、彼が心を塞いでしまうのは仕方ないのかもしれませんが、にしても印象は良くなかった笑。少しだけ、ほんのちょっとだけでも、優しさが垣間見えるだけで違うのに、と。

しかしだからこそ、そこから二人が心を通わせていくきっかけ(?)が面白い。気を張っていた男の弱点やみっともない部分が露呈し、その瞬間のエヴリン同様に、観客にとってもチョンウィンの怖さが弱まって見えてくる。ここから先は、もう本当に少しずつ、次第に心を通わせていく二人のドラマが続きます。波風が立つ時もあったけど、実は心優しい二人の内面が繊細に、そして丁寧に描かれるシーンの数々を眺めている感じ。例えばですが、カーテン越しの二人を、カーテンの隙間から少しだけ見せるようなシーン一つだけでも、二人の心の距離感が十二分に伝わってきます。他にも、「家政婦のくせに」とエヴリンがぞんざいに扱われれば、代わりにチョンウィンが怒ってみせるし、「外人だから」とエヴリンを侮る地元の露店のおばちゃんを、二人で結託してギャフンと言わせる……。

それぞれのエピソードは、本作の物語を大きく動かしたりするものではないけれど、映画を観終えてみれば、まるで全てが良い想い出のように脳に記憶されている。ラストシーンの綿毛が孕む意味が良い後味となっているのかもしれません。なんて心地よい物語だろう。



 はじめのうちは ”希望” を否定していたチョンウィン。しかし、あるアクシデントが起きた時に「あ、彼の中にも願望が潜在しているんだ」と理解できるシーンがある。そしてそれが叶わない願望であるという儚さが同時に存在するからこそ、より印象的に映る。彼をいつも助けてくれるファイ(サム・リー)の回想でも描かれていましたが、チョンウィンは少しとっつきにくいだけで、とても優しい人。優しいくせに素直じゃない、なんて可愛い男なんだ笑。

一方のエヴリンも、家政婦友達との会話の中でも滲ませていましたが、人の善意を信じられる人間。そして互いに優しいからこそ、相手の優しさにも気付いてしまう(便宜上 “優しさ” としましたが、正確には異なる呼称の方が良いのかもしれません。しかしその優しさに溢れた感情が何なのかは観る人によって違うと思いますので、敢えて ”優しさ” と呼ぼうかと)。


 ここでようやく先ほどの話に戻るのですが、だからこそ僕はチョンウィン目線、というか彼の肩を持ってしまう。一見、男のエゴとも取れる “感謝させない”、気持ちを “言わせない” という優しさが、一気に彼を大好きにさせてくれる理由です。なんとなく『紅の豚』(感想文リンク)チックな “彼女を想った優しさ” が、もとい、”男の卑怯さ” が個人的に大好きなんです。そしてエブリンが、そんなチョンウィンの気持ちに気付けてしまう女性なのだと観客は知っているはずだからこそ、ラストの後味が素晴らしい。本作は、人に本来備わっている善意の美しさに心洗われるような一本です。


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